アンドラ

 五月最初のお客様は、タイと中国のハーフでニューヨークで働いている33歳午年生まれのニーナと、ゲームのネットで知り合ったという28歳のロシア生まれのロス、今は家族でアンドラという国に住み、コックさんです。アンドラ?と聞いても全くわからず、地図を出して教えてもらうと、ピレネー山脈の麓にあって、フランスとスペインの間に挟まれている小さな独立公国で、スキーリゾートだけでなく免税でショッピングができるタックスヘイブンとしても有名だそうです。

 ウクライナの近くで生まれたロスはその後家族でアルゼンチンへ渡り、あまりうまくいかずそれからこのアンドラの国へやって来たといい、話せるのはロシア語、スペイン語、カタルーニャ語、そして英語です。金沢市くらいの面積の小さな国に暮らし、ゲームのネットで知り合ったニーナとは会った回数はかなり少なくて、ホテルも別だしただの友達だそうで、暑いのでロスには京都のひで也工房の浴衣を着せ、ニーナは長い髪をアップに結ってきているので、初めは黒地に花が咲き乱れている振袖を着せ写真を撮ってから、今度はヤマモト寛斎の朝顔の浴衣を着せて団扇を持って柴又へ向かいました。

 暑くて参道は混んでいて、中国人が振袖を着て紋付きの男の子と傘を持って撮影しているし、とてもやりにくいけれど、朝はコーヒーを飲んだだけというので草団子のパックを買って日陰にタオルを敷いて座って食べてもらったり、お店でアイスを食べたり、漬物を試食してもらったりして思ったのは、趣味で知り合ったカップルの旅行というのが最近多くて、決して恋愛には発展しないよそよそしさを、年寄りの私がカバーしているということです。ロシア人というのは癖があり、ずいぶん前に来たロシアの男の子と韓国の女の子はやはり友達同士で、一つのアイスを一緒に食べていたので一緒にいた中国人の女の子たちが「ラブラブ!」と囃し立てるとキョトンとしていたのを思い出します。黒澤明と村上春樹が好きな彼は私が知らないことをいろいろ教えてくれ、深い感受性を持ちながら、いつも悲し気な目をしていました。

 それから来るロシア人たちは、秘密があったり影があったりして、なかなか相手の懐に入り込むことはできなかった、でも今日のロスは今はアンドラという小さな国にいるのです。なんとなく、ヨーロッパ人とは恋愛できないタイプのような気がして、前に来たドイツの男性の妻はアジア人で、ミステリアスで控えめで違いが多い所が落ち着くと背の高い彼が言っていたことを思い出します。でも、恋愛よりもゲームの世界に夢中になりどっぷり浸っている気持ちを共有している方が幸せなのかもしれない、夜はファイナルファンタジーのカフェに行くと言っていたので、翌日私はネットで調べて見てみました。

 日本にはメイドカフェをはじめフクロウやウサギやいろいろなマニアックな場所があるようで、こういうのは外国にはないのかもしれず、ニーナもロスも珍しくてわくわくして楽しんだのでしょう。翌日は箱根と鎌倉に行き、デズニーランドにも足を運ぶようで、アメリカにもあるでしょう?と聞いたら、日本の方が安いとのことです。ゴールデンウィークと浮かれていても、世の中は全く変わってきています。近くの川には大きな魚の死体があり、カラスがつついている、そのそばを小さなシラサギが飛んでいます。風景が全く違ってきている、そして真夏並みの暑さです。

 翌日予約してきたカップルがキャンセルしてきて、暑い中混んでいる柴又を案内して、猛烈に疲れた私は、のんびりだらだらと過ごしながら、全く何かが変わって動いていることを感じています。アンドラという知らない国からやって来たロシア人のロス、タイと中国のハーフのニーナ、知り合って間もない彼らは日本のゲームのスピリットによって、共感という大きな感情のみで結ばれています。彼らの中のぎこちない部分を、私は日本のおばさんの感覚でただ包み込み、着物の質感や日本家屋や抹茶の味が解きほぐしてくれているのです。

 初期の体験とは全く違うものになってきていることが不思議なのだけれど、連休中にアンドラという知らない国からゲストが来てくれたということはありがたく、私の引き出しの中味が増え続けていることをひたすら感じています。