Petit Pays    ちいさな国で

 随分前に新聞の書評で、この「ちいさな国で」という本のことを知った。ガエル・ファイユという、父がフランス人、母がルワンダからのツチ系難民で,アフリカのブルンジ生まれの若いミュージシャンの自伝である。ヨーロッパ諸国による植民地経営の常套手段、分断統治でツチとフツに分けられた人々の対立が激化し、ルワンダ虐殺により彼の父をはじめ、沢山の身内が殺された。

 川のせせらぎに色鮮やかな花や野菜が並び、子供たちは野原を走り木に登る、そんな少年期のみずみずしい感情や不安からはじまり、自分はいったい何者なんだろうかという問いに至る。そしてツチ族とフツ族の対立、あまりに悲惨な虐殺。そんな混乱の中にいても、彼の言葉は何処までも確かで優しく、かつ重い。だからこそ、この本を読み終えると、心揺さぶる抱擁を受けたような気持ちになるという。

 しかしこれは遠い国の出来事、私にとって今までだったら、ただの新聞の書評としてしか見ることがなかった話のだが。

 

 この仕事を始めて、20人以上の外国人の方に着物体験していただいてきた。初めは外国人に慣れていないのと着物着せるのに必死で何も考えられなかったが、最近すこーし余裕ができてきて、言葉が通じなくてもわかることがあると思えるようになった。言葉が出てこないというのは恐ろしいことだと思いつつ、英語圏でない国の方が多いからかなり身振り手振りになるが(ヘブライ語しかわからない若者がいた)、最後別れる時相手が好きになっているか、ハグできるかが私の中での勝負だ。

 しかし、いろんな国の方、いろんな立場の、様々な思いをかかえた方々の着付けして思うのは、言葉もわからないけど、言葉がわかったとしてもわからないことだらけということだ。自分の混沌としたアイデンティティに悩んでいるカップルに着付けした時の私の中の葛藤、相手の気持ちも言葉も全く感じ取ることが出来ない、手も足も出ないもどかしさは、この「ちいさな国で」を読んだ時少し和らいだ。そうなんだ、こういうことなのかとすこしわかったからだ。

 

 人は生まれる土地も時代も親も選べない。有無を言わさない力に向き合わなければならない時、若者はどうすればいいのだろうか。切実に苦しみ、切なく悩み、このミュージシャンの若者は、ジャンルを超える表現へ向かった。

 異なるものを排除しようとする不寛容さがはびこりだしたこの時代、彼は生まれながらに異なるルーツ、異なる文化を自らの中に抱え持ちながら、言葉の力で人の心を揺さぶることができたのだ。

 彼のインタビュー番組をネットで見たことがある。フランス語で、全くわからなかったが、この本を読み、今の音楽活動もみたあとなので、多分こんなこと言っているのかなと推測した。「ミルクコーヒー&シュガー」というバンドを組んでいる、ミルクコーヒー色の肌をした彼。付き合う彼女にはいつもあなたは何処の国の人?と聞かれるという。

 自分を表現するすべを持ち、より高みに向かい続けるものは、困難も試練も多いけれど、得るものも大きい。そして何よりありがたいのは、大きな壁に向かい続ける姿、希望を持ち続ける姿に救われる人々がいるということだろう。

 


I recently read this book.

「An exciting autobiographical novel released by an acclaimed musician who survived the civil war」 

"PETIT PAYS"   by  GAEL FAYE

His father was French and his mother is a Tutsi refugee from Rwanda,due to the Rwandan slaughter, his father and many relatives were killed.

His skin color is milk coffee. And he always asks himself, "Who am I?"

 

My kimono,s customer、 Ellen has an Australian father and a Cambodian mother and relatives were slaughtered by Polpot regime.   She was also worrying about her identity.  "Who am I?"  I could not understand her suffering.

 

People can not choose the land to be born, the times and the parents.
I think the conflict,
the sense of loss of identity  in her heart is the most terrible. But we have to live there.

Ellen and her boyfriend are young and nice couples, but they did not get very satisfied even when wearing kimonos. Why did they experience it, did they want to communicate with us?
They talked over drinking a lot about their stories  with hosts of Airbee later. They thanked them for listening to the story very much.

It is strange to meet people.
I could not have a close conversation with them, but their photos dressed in my kimono, their photos drinking Matcha are left.

 

I still do not know what I am aiming in my life.
 But I want to continue  makeing concrete efforts to get over it.
I wish the  way is prepared for what we want.
Be sure to show the world that the road will be opened with ourself.