転換期  a turning point

  毎日真夏日のような暑い日が続いています。相変わらず次々うちにやってくる着物たちの整理をしながら、どうやったら着てもらえるか着物の幸せを考えていたら、エアビーからタイトルや案内文をインパクトのあるものに代えて予約を増やそうとのメールが来て、文章考えつつ四苦八苦しています。

 呉服屋さんから頼んでいた着物の手入れができたと電話が入り、何枚預けていたか、いくらかかるかもわからないで恐る恐る出かけ、こうやって去年稼いだお金は使われていくんだなあと実感してますが、今収入ないし商売は難しいです。笑ってしまうのは、前預けて手入れしてもらった素敵な紬、一度着たのですが糸が劣化していて屈んだらお尻のところの糸が切れてしまい、また縫ってもらっても他が切れそうで呉服屋さんの奥様が素敵ねとおっしゃったので差し上げてしまいました。私もただで頂いた着物だし、とにかく着てくださる方がいればいいのですから。

 青砥の本屋さんで、漫画家のヤマザキマリのエッセイと稲盛和夫氏の生きる力を買い、おとといから幕張で行われているアイスショーの映像見ながらのんびり過ごしています。本を買って読もうという心の余裕もこの一年なくて、本当に神様は何が必要かわかっていらっしゃる、天の配剤という言葉思いだしました。

 新聞の書評に子連れ狼の作者で最近亡くなられた小池一夫さんの「だめなら逃げてみる」という、彼のtwitterのメッセージ集が出ていて、何気に読んでいたらドキッとする言葉が並んでいました。

 「あなたの自信を無くそうとする人がいたら、今すぐ距離をおくのだ」「誰かの身勝手な感情に繰られない」「悪意を無視する」

 「自分が本当につらい事態に直面したら、逃げ出すことが、あきらめることが、嘘をつくことがあってもいい、自分の人生は自分で決めていいんだ」

 何十年苦しみ続けた悪意の存在(mother in low )に対してこんなに単純にNo!と言っていいんだ、今テレビでトランプ大統領が拉致被害者を帰国させると言っているのを聞きながら、悪は圧倒な偏見を持って断固抹殺しなければならないという村上春樹の「海辺のカフカ」の一節を思い出しています。私などとレベルが違うけれど、カンボジアとオーストラリアのハーフのエレンの凄まじい内面の葛藤、アメリカンインディアンの祖先持つ日本語堪能なインテリ女性カーリーの淋しい佇まいなど、忘れられないゲストの心のありさまもいつも思い出すことなのですが、若い彼女たちが生きていくにはやはり何かを圧倒的な偏見を持って断固抹殺しなければならないのでしょう。

 訳の分からないこと考えていたら、久しぶりに、ほんとに久しぶりに予約が入りました。クアラルンプールでフェラガモのマーケティングをしている若い女性です。新しいキャッチフレーズに反応したのかどうかわかりませんが、柴又行けます!あまり暑くなりませんように。