聖徳太子

 エアビーの若い世代が若い感性で賑やかに楽しくやっていこうという試みが、渋谷、新宿、原宿、お台場などで行われていますが、インスタグラム、フェイスブックなど彼らにはゲストたちとつながるすべはいくらでもあります。柴又の帝釈天にしてもプロジェクトマップ、寅さんサミット、花魁道中、などなど矢継ぎ早にいろいろなイベントが続き、ハンガリーの大統領、東京都知事、そして外国人もたくさん訪れていますが、私はいまだ本当の帝釈天を語ることが出来ないで、中途半端なままなのです。

 日本の歴史を考えることは、なぜ日本に、このような独自な文明、文化が生まれたかを考えることです。縄文時代から、すでに日本は文明、文化に独自なものを持ち、縄文土器の芸術的と言える見事さと、戦争のない、狩猟、採取、漁労を生業とした時代に、日本人の太陽、山岳を中心とする自然信仰の強さがあり、縄文土偶の表す小さな生命への御霊信仰、大和国になってからの古墳文明、埴輪文化も巨大さと率直さで世界的なものであり、そこには常に独自な文化力がありました。

 しかしそれらは、日本におけるアルカイズム(素朴形式)とでもいうべき単純性、装飾性を持った造詣が中心で、文字なき時代の形象表現の中心文化としては見事でしたが、そこには日本人の持っている洗練さ、複雑さ、深さが十分に表現されたわけではなく、単純な表現でした。

 その後現れた聖徳太子は日本人のために、神道の世界に、仏教を導入することを選択しました。つまり、共同宗教の神道を基礎に、人間の個人の領域の思想を入れたのです。人が悟りというものによって、人にはわからぬ個人の苦しみを癒す方法を得られるよう道を開き、そこから表現が深い芸術の段階に達するようになり、聖徳太子時代から始まって聖武天皇の天平時代に頂点に達しました。

 万葉集には日本の生活に密着した自然や異性の歌が多く、自然信仰、御霊信仰、皇祖霊信仰の神道の世界に支えられていましたが、しかし仏教の個人思想が入ることによって、人間の深い部分、不可解な自己を見出し、それをいかに意識できるか、という問題が生まれてきました。日本人の精神がより強く、深く表現されている興福寺の阿修羅像、東大寺の仏教彫刻などは、人間の意識を意識しているという生半可な像ではもはやなくなってきています。(日本の息吹という雑誌にあった東北大学名誉教授田中英道先生の連載文から引用させて頂きました)

 聖徳太子の時代だろうが、現代だろうが、私たちは何のために生まれて来たのか、何のために生きているのか、その解答を求めてもがいている気がします。生老病死、苦しみ、戦い、良いことも悪いこともたくさんある中で、なんで生きているのか、たとえ死に直面してもなお残る「本当に大事なこと」とは「私はこのために生まれてきた」と言えるものがあることです。なさねばならない目的、生きる目的が鮮明であること、仏教とは自分を作る教えであり自分を作りつつ、他人を救っていくおしえであるから、自分自身で心に灯をともして自分自身の行く末を照らしていくことが大切なのです。

 はるばる外国からローカルな柴又の帝釈天へ来る意味は何なのかしらと思っていました。参道へ入ってずっと並ぶお店の人たちの温かさを感じ、昔ながらに作られた団子、煎餅、佃煮、漬物、お菓子、飴、仏具を見ながら境内へ入り、お線香の煙で身を清め作法にのっとり手を洗い、お寺に入る。蝋燭を灯してから仏像に手を合わせぬかずき、沢山の彫刻や天井画を見、お寺の庭園のち密さに感動し、鯉や亀と戯れ、彫刻ゾーンの十枚の蓮華経の彫刻版に絶句する。突然聞こえてくるお坊さんたちの読経の声、鉦の音。頑張って宗教の話するときもあるし、龍や獅子で阿吽の意味を教えたり、漢字を読んだりしてからお寺を後にして、暮れなずむ参道を帰る。高い建物がないから山門の上の空がきれいで、夕方には鐘撞堂の鐘が響きます。

 そうなのです、この体験は仏教なのです。説明がきちんと出来るわけでもない、素晴らしい写真を撮ってあげられるわけでもない。でも私は聖徳太子が物部氏と戦ってまで仏教を取り入れたということが原点だと知った時、柴又の帝釈天の参道に入ってお店見ながら山門見て境内入りというコースのすべてが仏教だと確信できたような気がしました。着物を着て身を清め仏教を体感すること、心して抹茶を点てること、これが私がやっていかなければならない体験でした。カメラマンのアダムスがうちへきて体験用の動画や写真を撮ってくれて、今それを使っているのですが、着物を選ぶ光景、お茶を点てるシーン、帝釈天の散策などかなり地味なものだと思っていたけれど、私がやらなければならないことの本質を一瞬にして悟り、写真や動画を作ってくれたアダムスの深いメッセージをやっと理解することが出来ました。あの時引いたおみくじは凶だったけれど、そこから始まってよくなるよう全力を尽くせばよいという深い意味があったのです。仏教の、帝釈天の本質って何なのかしら、参道の人達と一緒にいつもそこにいること、そこにあることのような気がします。私もここで着物たちと一緒に過ごしていこうと思います。

 なさねばならない目的、生きる目的を鮮明にしてくれたエアビーの組織に心から感謝いたします。