アイデンティティの希薄さ

 さて、劇的プロポーズの現場に居合わせたもう一組のゲストの立場はかなり微妙で、ホストの私はどんなフォローをしてよいのか困りました。イケイケの若いカップルだったらば連鎖反応でプロポーズしてしまうのかもしれないけれど、純粋なアメリカ人のマイク(プロスケーターのジェフリーバトルに似たイケメン)と主人方の姪っ子によく似たチャイニーズアメリカンのペニーは手をつなごうが見つめ合おうが、希薄な空気が感じられて仕方ありませんでした。だてに700人以上のゲスト連れてきて写真撮ったりしているわけではありません。東京タワーでプロポーズされた後で来たメキシコカップルの有頂天ぶりや、アラブ系の美女コンサルタントとハリソンフォード似のクライアントの謎めいた濃密なキスシーン、明らかに不倫とわかるカップルの堂々としたいちゃつき、可愛いフランス人の妻をいとおしむ夫の熱いまなざし、着物を着た襟足に深いキスをしていたフランスの新婚カップル、多分禁断の恋と思われる若いゲストたちが浴衣着て、お寺の暗がりでひっそりと抱き合っていたシーンなど思い出すと胸が熱くなるのですが、そういうものが彼らに全く感じられないのはどうしてなんだろうと思いながら、話をしていたら、なんと彼らはアップルで働いていた同僚で、その後彼女はグーグルに移ったとか、今を時めくGAFAで働くゲストはこれまでもいましたが、クラウド産業の創始者は凄いと思うのですが、失礼な言い方すればスタッフの存在感はやっぱり希薄な感じがします。回廊で彼女と歩きながらそっと彼のこと好きなの?ほかにも彼氏いるでしょ?と聞くとうなずくので、天秤に掛けつつそれでも両方目方が足りないと言ったところなのでしょう。そしてこともあろうに夫のことをいろいろ聞こうとするので、最近チャイニーズアメリカンの女の子にもてだした主人とのなれそめを話しながら、親も抱えていて自営業で決して良い条件の結婚でなかったと強調しましたが、それらを抱える気持ちもなく、彼氏を人として愛する気持ちの情熱もなく、でも打算で考えているわけでもなく、彼女のアイデンティティが稀薄というのが近いのかもしれません。

 かたやイスラエルのプロポーズカップルは贅肉たっぷりついた髭もじゃの大男Orと小さな彼女で、オリジンはいろいろ混じっているけど宗教はユダヤ教で、日本の神道に興味があり、スピリチュアルなものに魅かれるそうで、キリスト教は彼らにとって違質なものだと帝釈様の彫刻版の前で熱く語っている目の輝きや思考の深さが私は大好きですが、しかしユダヤ教の知識が足りないので話を予測しきれないのが悲しいのです。

 マイクと並んで帰り道話していたら語学が好きで6か国語話せるし、スペイン語が一番好きだとか、合羽橋で料理道具買い込み(柳葉包丁、出刃包丁、鯛焼き器、玉子焼き器)料理すると聞いてすごーいと感心してましたが、そういう時ペニーは他のゲストと話すわけでもなく興味もないようです。そういえばティーセレモニーしたときも一番ちゃんとやらないでいい加減だった、何か物事の本質をつかまえたくないタイプなのかしら。(しかし家に帰りついて主人が出迎えたら飛びついていって、帰りのハグも夫に熱くしていたのです)

 夫に、もてていいねと後で言ったら、「俺はロシアの金髪美女が好きだ」とぜいたくなことを言っております。私たち人生一山ふた山越え、どうにもならないことはどうにもならない、逆らえない運命、どうしてもできないことはできないと諦念に似た境地にもなるのですが、そうするとかえって人の想いもよくわかるようになり、なさぬ仲の義母の介護もするし、ゴルフして遊んでゲストたちの世話も良くしてくれる主人のアイデンティティ、人間としての本質は何なのかしらと思います。穏やかに人を愛し、いろいろなことを心から楽しむことが出来る、その気持ちの余裕が、ゲストに好評なのかもしれません。

 何にせよ今回のプロポーズは私の体験のターニングポイントのような気がします。

 末永くお幸せに。