限界の五歩先へ

 着付けに使うウェストベルトのゴムがへたってきて今度来る四人のゲストに間に合わないので、いつもお世話になっている青戸の栗田屋さんという呉服屋さんに久しぶりに買いに出かけました。十年以上お付き合いさせていただいていますが、私サイズの大きな草履を作ってもらったり、付け帯やら仕立て直しやら染め直しやらいろいろ面倒くさい注文をみな聞いてくださる貴重な呉服屋さんです。

 最近は女物の生地で男物を仕立ててほしいとか、二つの着物を一つに合体させてほしいとか変わった依頼が増えてきたそうで、初めはためらっていたのですがどこでも引き受けてくれないと言われ、そういうこともしていかないとこの世の中やっていけないと頑張っていらっしゃいます。うちのゲストがよく着るライトブルーの訪問着の裾が擦り切れてしまい相談したら、裾を一センチ切って縫い直すといいと言われびっくりしたのですが、そういえば幸田文の「黒い裾」という小説に喪服の裾が擦り切れているのに直前に気が付き、主人公の女性が長襦袢姿で喪服の裾を裁ちばさみで切り落とし、縫うでもなくくけるでもなく大急ぎでくっつけ、最後アイロンをかけているというくだりを思い出し、そういうテクニックもあるんだと感心しています。

 柴又のお米屋さんからたくさんいただいた紬の素敵な着物を手入れしていただいたのに私には身幅が足りず、栗田屋さんの綺麗な奥様に差し上げたらお礼に樹木希林さんの着物の本を貸していただいたのでそれを読んでいるのですが、樹木さんのところにも全国津々浦々から着物が送られてくるそうで、何とか一回でも誰かに手を通してもらおうと手入れしたり加工したり、洋服にしたりしていて、その写真を見ながら私ももっと努力してうちにある着物を何とかうまく外国人に着てもらえるようにしていかなければならないと思っています。

 フィギュアスケートの羽生選手の今年のあらたな標語が「限界の五歩先へ」とあり、もうそこまで腹をくくる時なんだなとあらためて感じています。明日の成人式の日のうちのゲストは180センチの奥様と175センチの旦那様でベルリンに住むイタリア人、もう一組は五か国語を話しロンドンとシンガポールで写真撮影の体験をしているフォトグラファーのMAKIさんとイタリア人のボーイフレンドで、なぜか四人とも日本語が話せるようです。しかし180センチの奥様に何を着せるか、バスト勝負ですがあまりにグラマーだったらうちで一番大きい黒振袖かしら(33歳だけど)旦那様とのツーショットどう撮りましょう、MAKIさんの体験の写真はカップルのキスシーンが多かったけど、どうやってキスしたらいいかしら・・無駄な心配はいつも無駄なのですが、着付けの助っ人さんと一緒に頑張りましょう、限界の五歩先を目指して。