清塚信也さん

 繊細かつダイナミックな演奏に加え、豊富な知識やユーモアあふれるトークでクラシックファンを超えて人気のピアニスト、清塚さんはピアノを始めたのは5歳の時。「プロになるためにも今頑張りなさい」と言う母親の英才教育のもと、一日12時間以上も練習。目標は常にコンクールで評価されることだった。高校卒業後、あまりに厳しい母親や先生から逃げたくてモスクワへ留学。ここで過ごした2年間が自身を大きく変えたという。「初めて自分の時間というものが与えられ、とことん自らについて考えました。やらされていると思っていたピアノは本当にしたいことなのかとか」

 出てきた答えは、何でもいいから自分の表現でより多くの人とつながりたいという強い思いだった。「となると、幼少期から一番身近にあって自己表現がすんなりできるのはピアノであり、音楽。だったらやめる必要はないと思い、続けることにしました」せっかくならクラシックの枠にとどまるのではなく、芸能全般の中でピアノを手段にして自己表現をしようと決めた清塚さんは、まず本格的に曲作りを始める。帰国後すぐに履歴書とデモテープを携え、映画製作会社や芸能事務所などを行脚した。「映画音楽を作れます、音楽モノなら演技指導もできますと、自分にできることを総動員して売り込みました。数え切れないほど回りましたね」。行く先々で門前払いされたり、罵倒されて突っぱねられたりと、営業活動はつらいことだらけ。5歳から血のにじむような努力で育ててきたピアノという芸を、全否定されているようで毎回傷ついた。しかしそこであきらめずにやり続けたのは、「これが計画的な頑張りだったから」だと清塚さんは言う。

 クラシック音楽のピアニストとしてはもちろん、清塚さんはロックやポップスなどの要素を含んだオリジナル曲を作ったり、昨今は映画やドラマで流れる劇伴音楽、プロ野球選手のテーマ曲、ゲーム音楽なども作曲したりしている。実は現代において自ら作曲するピアニストはあまりいないという。そのためコンサートで自分の曲を弾くと非難されることもある。昨今は俳優として映画に、更にはバラエティー番組にも出演するなど活動の場を広げている。そういった活躍がピアニストらしからぬと批判されることもある。しかし清塚さんは「言われ続けているとそれが褒め言葉に聞こえてきます。それだけ僕は我が道を歩けている証拠なんだと思えてくるんです」と、批判的な意見をどこ吹く風と聞き流すどころか、それによって自分を奮起させている。

 そんなふうに逆境を乗り越え、ポジティブに生きるためにはどうすればいいのかと聞いてみた。

「とにかくつらいことから逃げないことです。自分ではどうしようもないことに巻き込まれることって誰にでもある。そこから逃げない。じっと耐える。そうしていれば逆風がふっと追い風になった時に、あれだけ頑張ったんだからイケるだろうという自分へのよどみない自信が生まれ、一気に力を発揮させることができると思うんです」

 清塚さんはまた、人生では自分のスキルを使ってどう投資していくか、すなわち勝負するかが大事だと考えている。「自分は何が得意で何ができるのかを、キャッチフレーズのように短い言葉で表現できない時はまだ勝負に出ないほうがいい。転職であれば時期尚早ということにもなりますね」

  

 つらいことから逃げない。自分ではどうしようもないことに巻き込まれてどうにも動けなくなったときどうするか。そこから逃げない。じっと耐える。逆風が追い風になる時をじっと待つ。テレビで拝見する明るくておしゃべりな清塚さんでもそういう体験があったのでした。どうしてこんなことが起きるのか、災害や事故などどうしようもないこともたくさんありますが、人間が仕組む罠や奸計も巻き込まれている最中は訳が分からずつらい苦しいものです。でもじっと耐えて逃げないで我慢していると、相手はいつしか自分で自分を滅ぼしていくのでしょう。でもそんなことは関係ないのです。それに耐えていける何かを持つこと、スキル、感受性、表現力、鍛錬を重ね感覚を研ぎ澄ます努力をし続けること、そのことだけを考え進んでいけばいいのです。研ぎ澄まされた穏やかな世界に到達できるよう、ゲストたちと着物たちと一緒に楽しんでいきましょう。