神の眼を持つ  Sebastião Salgado

 すべてのスポーツ競技会やイベントが中止になっているのですが、ここへきて、スケートの羽生選手の写真集が同時に三冊も発売されることになりました。報知新聞から出される本のカメラマンのコメントに、「美術書のような雰囲気にしたかったから、カバーはセバスティアン・サルガドの写真集を少し参考にしてデザインした」と書いてあって、この方を私は知らないのでネットで調べてみて、とても素晴らしい写真家なのでびっくりしました。

 神の眼を持つという世界的報道写真家であり、大自然の保全や復元に尽力する環境活動家としてもよく知られているサルガドはブラジル生まれの76歳、安定した職を投げ捨てて写真家になって優れた作品を発表しているのですが、1994年から始まった"EXODUS"と呼ばれるルポの撮影で世界各地の難民や戦争、紛争をみる中で特にルワンダでの余りに残虐な人間の行為に人間の弱さと闇を見て、生きる希望を見失ったそうです。人類に対する信頼を失い、もう我々は存続できないとすら思った、でもブラジルに帰って親の土地を引き継いだ時、ブラジルの森林が開発によって破壊されていることに驚き、植樹のプロジェクトを作って土着のタネだけを蒔き破壊された生態系を復活させていきました。その次の写真集"GENESIS"では地球環境に目を向け、動物や大地や空など地球全体を被写体とするようになっていきます。生と死が極限に交わる、ありのままの地球の姿をカメラに収め、人類が必ず守らなければならないものたちを提示しています。

 我々は今あるものを築くため、あまりに多くのものを破壊してきました。地球上には自然と共存し調和して生きている先住民が今もいるし、彼らのために、自分達のために地球上に残すべきものを、森を守らなければならなかったのです。サルガドは自分の写真でみんなに地球を新しい視点から見せることによって、新しい知識体系を作ろうとしています。もう後戻りできない絶体絶命の時に、私達は一つ一つ問題を解決していくために全力で戦わなければならないのです。原初のころの自然と共存し調和するために、私達は何を残さなければならないかを考えることが今一番必要です。ノルウェーで数百万の魚が水中の酸素が不足したことによって死んでしまったとき、人間は自分が酸素不足になって死んでいかなければ実感としてわからないと、2013年にサルガドは語っていましたが、それから7年たった今、私達はコロナウィルスに苦しめられている、やっとこれまで人間に苦しめられてきた生き物たちと同じ列に立って、自分達が何を犯してきたか、わかってきました。こうなるとは知らなかったでは済まされない、なぜ知るための努力をしなかったのか、なぜ学ぶということを大事にしなかったのか、なぜ人を苦しめて平然とと生きていたのか、人が苦しんでいるということを感じる想像力がないのか、それを育てなかったのか。サルガドの写真は、神の眼のように、生きとし生けるもののさまざまな表情をダイレクトにとらえています。

 そしてこれから生きていくのに、再生していかなければならない社会や、その中で生きる家族の在り方を考えた時、自粛でステイホームしている時に意外にわかってきた細々した日常の営みの大切さ、衣食住にかかわる面白さや、リモートでできる仕事が多かったということは、満員電車に詰め込まれ通勤する必要性の是非や、密の電車に乗ること自体の危険性を考えると、自然の多い地価の安い地方に暮らし生活を楽しむ選択肢もみえてきます。自分達が壊していったものを再生し、みんなが死んでいかない世界を作らなければならない、光も闇も受け入れられる想像力と感性を持ち、複雑な中でも何が大切か瞬時でわかる包容力を持つことの大事さを、サルガドの写真は教えてくれています。