ヴェロニカとオリヴィアと パパ

 昨日、本当に久しぶりに、エアビーのゲストが来ました。パパの都合で11時に中野から車で来るというので、うちの駐車場を開けて、夫と待っていましたがなかなか現れず、30分遅れて近くのパーキングに車を入れ、赤ちゃん抱いたパパとベロニカが徒歩でやってきました。このところ、予想を覆す出来事が多いのですが、四か月の赤ちゃん連れてくるというので寝かせるスペースも用意したけれど、がっちりしてちょっとシャイなパパは、赤ちゃんを前抱っこして、そのまま散歩に出かけ、ママのヴェロニカだけ二時間コースの着物体験をしました。授乳中だそうですがスリムできれいな彼女はチェコ出身で26歳、沖縄でアメリカ人のパパと知り合い結婚しました。私は英語を話すのは久しぶりで緊張しましたが、でもヴェロニカも第二外国語だし、チェコ語と日本語は少し似ているそうで、和食のレストランにも初めて行った話から「いらっしゃいませ」「おまたせしました」など綺麗な日本語をしゃべってくれました。

 パパの協力で念願の着物を着る彼女のために、どんな着物を用意したらいいのかずいぶん迷いました。コロナ感染に気を付けなければならないなら、洗える着物がいいのかと思い、化繊の花模様を何枚か出し、26歳で若いから振袖に目が行くかもしれないと用意し、あとは今まで外国人のゲストに好評だった訪問着や小紋、付け下げを並べながら、こうやってたくさんの着物を戴く意味も、コロナ禍の中でどう変化していくのかわからないし、日本人のヤンママたちは、気軽にいろいろ着てくれるけれど、外国人の場合はどうなるのか、見当がつきません。

 ヴェロニカはまず、渋いグリーンに色とりどりの桜が咲き乱れる化繊の着物に目を止め「綺麗!」とはおり、続いて黄色の花模様の光沢のある絹の着物に心を奪われ、最後に最近呉服屋さんに裏地を縫い直してもらった白地に墨絵のように花が咲いている付け下げを手に取りました。時間があるから二枚着ることにしてもらったら、やはり化繊は選ばず、それから着物のコーディネート担当の夫と帯、帯締め、帯揚げを合わせ始めたのですが、なぜか着物と同色系のものが好きなようで、白い着物に白っぽい帯、モスグリーンの帯揚げに白い帯締めと、意表を突いた選択に、しばし夫は絶句していました。「まあ綺麗だから、何でも似合うからいいか‥」と言って着付けの間、外でタバコを吸っていた夫は、金髪のロングヘアをアップにして簪を一つさし、着物を着付けたヴェロニカの姿を見て思わず拍手していました。今までたくさんのゲストに着物のコーディネートのアドバイスをしてきてくれた夫の経験値は全く役に立たなかったのですが、国民性なのか趣味なのか性格なのかわからないけれど、初めて着物を選びそれを着た姿が、自分を表現したものになっていることに、ただただ私たちは驚いています。

 この前麻布十番に行った時、電車の中で振袖を着た女の子が三人いて、あでやかな模様の振袖に、鮮やかな帯を締め、カラフルな小物に花をたくさんつけたヘアスタイルで、マスクして暑がっていましたが、考えて見たら足して足していく着物姿で、反対にヴェロニカは引いて引いていく着物姿でした。伝統とか民族とか、もはや関係なく、彼女は自分の感性と価値観で着物や材質や色を組み合わせた着物を着て、そして途中で髪をほどいてパパが好きなダウンヘアにして、二階に上がって和室の雪見障子の前で写真を撮ったり、仏壇に線香をあげてくれたり、日本文化を存分に味わって行きました。

 散歩から帰って来たパパはあまり着物には興味を示さず、抹茶も飲まなかったのですが、帰り際に棚に置いてあったこれまでのゲストの着物姿のファイルを、全部丁寧に見ていったのが印象的で、これには身長2mのドイツのポールとか100㌔越えの体重のアメリカの母娘とか、様々の方々が写っています。パパと同じ色の肌のゲストもたくさん来て、綺麗な着物を着て柴又を歩いている写真がたくさんあるのを、パパは黙って見ていました。

 マスクしているし、一緒にいる時間が少なくてパパとは話もあまりできなかったのですが、バスケが好きで、好きな日本の食べ物は何と鰻で、茶色いご飯が美味しいとのことで、面白かったのは、私が二回チェコスロバキアと言ったらチェコリパブリックと二回直されて、いつもながら世界情勢に疎いことを反省しました。でも、写真ファイルをしっかり見ていたパパに、私の家にある着物には、底知れない力があることを、もしかしてわかってもらえたかもしれないと思っています。言葉が通じないから相手のことがわからないことはなくて、言葉がわかる日本人同士でも内面や本当の姿はわからないい時がたくさんあります。パパとヴェロニカがどんな風に生きてきて結婚したのかわからないけれど、色々な運命とかめぐり逢いとか選択とかを経たこの家族が私のところへ来てくれたというこの”物語”を、私は着物を通して感じ、語っていけるのではないかと思い始めています。これまで来たゲストに対しても物語を感じてきたけれど、四時間一緒に過ごしただけで何かを語るというのはあまりに独り善がりだという気持ちがいつもあって、だからと言って根掘り葉掘り聞いてもわかるものではないし、どうしたらいいかとずっと思っていたことが、コロナ禍の中で動けずゲストとも接触できない中で、なんとなくわかって来て、そしてこの前村上春樹の入学式のメッセージを聞いて、はっきりしたのです。

 自分の心、意識というものは、全体のほんの一部で、後の領域は未知の領域として残されているのだけれど、自分を本当に動かしていくものは、その残された方の心であり、意識や論理でなく、もっと広い大きい心なのです。では自分を本当に動かしている力の源をどうやって見つければよいかという時、その役割を果たしてくれるものの一つが、「物語」だというのです。わずかな時間の接触だけれど、彼女が選んだ着物の物語と彼女をつなげることによって、自分の未知の心の力の源を考える、心を強い光で照らし、陰影を浮かび上がらせることが出来るかもしれないということは、何よりも私の救いになり、力になる。それが私にとっての着物の意味であり、日本人だけでなく外国のゲストに着てもらっている動機だということが、今回の体験でよくわかりました。

生後四か月のオリヴィアにお祭りのはっぴと小さい浴衣をプレゼントしましたが、縁があればまた来てくれることがあるかもしれない。着物の中で、自分の感情を強く出せるということは私にとって何よりもありがたく、嬉しいことです。ヴェロニカとオリヴィアとパパが、私のところに持ってきてくれた深い深い物語を、静かに考えています。