イスラエル Israel   

 世界はコロナウィルスで混乱しきっているから、密になる戦争はできないだろうと思っていたら、ワクチン接種がとても速かったイスラエルで大規模な爆撃があり、子供たちが逃げ惑う映像が流れていました。中東情勢は複雑すぎてよくわからず、大きなニュースが流れ残酷なシーンがたくさん流れても、遠い世界の事のような気がしていたのですが、エアビーの仕事をする前に、知り合いから東京理科大の研究員で金町で暮らすイスラエルの青年ギルを紹介され、彼の職場の友人のドイツ女性ラウラの両親や、ギルのお母様と友達グループの着物体験を頼まれ、そこからいろいろな縁が生まれて、のちにラウラは私の着物サイトのモデルになってくれたのです。

 エアビーの仕事をするようになってからも、何人かイスラエルのゲストが来ましたが、一番印象的だったのが、カップルで来た大きな男性と小柄な女性で、あろうことか着物着て訪れたお寺の回廊で、男性が突然ひざまずき、指輪を差し出してプロポーズしたのです。切符売り場の女性はそれを見て、出てきて感激して拍手するし、私と彼女は泣いてしまうし、いまだにその光景は脳裏に焼き付いています。

 岸恵子さんの「ベラルーシの林檎」という本を読んでいたら、国際結婚をしてパリに住んでいた彼女が「日本だけに住んでいたとしたら、決して思い及ばなかったに違いない人種、民族、宗教、出自などがひとりの人間に課する宿命のようなものを考えずにはいられない人間になった」とありました。離散したユダヤ人がいかに異文化を吸収し、同化し、その国に忠誠を尽くしても言語道断な迫害を受けてきたのに、2000年もの間の、変遷と災厄の繰り返しにもめげず、常に元の姿で蘇る民族はユダヤ人だけだし、不死鳥のような強さと不屈のしなやかさに彼女は心惹かれるというのです。そして「個人が顔を出すことを、このかたくなでわからんじんで、世界へのヴィジョンを持とうとしないわが日本国は、拒否しているように思えるのである」と結んでいます。岸さんの旦那様の家族も友人たちも、多種多様な民族の血をひき、考え方も感じ方もエスプリも様々な中で、あとで離婚してしまいますが圧倒的な影響を受けたことが今の彼女のアイデンティティーとなっているのでしょう。

 柴又でプロポーズしたイスラエルの彼は185㎝90㌔の偉丈夫で、うちの特大の着物がよく似合い、別れ際に初めて自分に合うサイズの着物を着ることが出来たと言って喜んでくれたし、反対に小さな彼女はブルーの花柄の訪問着を着て彼からもらったばかりの指輪をはめて、満面の笑みをたたえていました。今どうしているか、ギルやギルママも元気でいるか、と思いますが、やはり深いことはわからないし、闇の中なのです。もう会うことはないかも知れないけれど、彼らがしっかり自分の顔を持ち、自分の言葉で自分の感情を持って、私に対峙してくれていた、それを受け止めきれないでも、この事実を大事にしていきたいと思っています。コロナ禍で大変な時期ですが、何かで感情を揺り動かされ、前に進んで行くエネルギーになるような力を与えたり、触れ合いの中で深く考えるきっかけを差し出す瞬間を、逃さず捉えるためには、自分の器をもっともっと大きくしなければならないのです。

 今、元気ですか?と聞きたいゲストが、世界中にいます。