獺祭

 いつも、誕生日に日本酒を送ってくれる息子が、今年選んだのは獺祭の一升瓶でした。獺祭は、山口県の有名で美味しいお酒ですが、私に送ってきたのに、夫は先に飲もうとするから、義父の仏壇に供えて確保しておきました。シンエヴァンゲリオンの映画の中に、獺祭の瓶がたくさん並んでいるシーンがあって、にわかエヴァファンの私にはよくわからなかったのですがなんと日本酒を製造販売する旭酒造は、獺祭好きで知られる登場キャラクターの”葛城ミサト”の部屋を直営店の獺祭ストア銀座に完全再現して、”エヴァンゲリオンX獺祭 獺祭補完計画”を実地するそうです。

 獺祭の会長、桜井氏は「健全に成長している業界では、手を打たなくても『昨日と同じ今日』が訪れる。だが、縮小している業界ではそうではない。それに気付き、変わろうとしたことで成長できた」と過去を振り返っています。地元に根付いたビジネスモデルを捨てた同社に対し、コメの提供をかたくなに拒否されて、原料が手に入らなくなったし、ピンチはこれだけではなくて、90年代後半、さらなる飛躍をとげるため、当時の売上高(2億円)を上回る2億4000万円を投じて“地ビールレストラン”を開業したけれど客は入らず、3カ月で閉店を余儀なくされたほか、愛想を尽かした日本酒づくりの職人、杜氏(とうじ)が一人残らず会社を去ってしまったのだそうです。原料を仕入れられず、多額の損失を計上し、職人もいなくなる――。一般的な酒メーカーであれば倒産しているような状況だが、桜井氏は闘志をたぎらせていました。

 「人生が終わっていてもおかしくない状況だが、『この先は、やりたいことしかやらない』と肝に銘じた。人に遠慮することはやめた」また、杜氏に頼らず、酒づくり以外の仕事を任せていた一般社員と一緒に酒をつくることを決断し、酒づくりを徹底的にデータ化・マニュアル化し、社員に共有したことで、高品質な酒をつくれる社内体制も構築したのです。杜氏は60代前後の人が多く、後継者不足が課題となっているのですが、旭酒造の社員の平均年齢は約26歳で、職人がいなくなったことで若返りに成功し、現在の社員数は、一般的な酒メーカーの2~3倍に相当する約120人に上るのです。また杜氏は「日本酒づくりに適した気候である冬季にしか稼働せず、夏季は地元に戻って百姓として働く」との伝統的な働き方を続けていたため、夏場は酒づくりに携われないというデメリットもあったけれど、彼らが去ったことを逆手にとり、桜井氏は蔵に温度管理システムを導入し、年間を通して内部を低温に保ち、季節を問わず「獺祭」の製造・販売を行うことで、需要に対応できる体制を整えました。「量を売るための酒ではなく、味わう酒を目指し、大量製造・大量販売の論理を捨て、お客さんの幸せを第一に考えることにした。他社は値引きしたり、景品を付けたりし、たくさん売ることを目標に掲げているが、当社は酒の品質を高め、必要としてくれるお客さんに必要な分だけ売れればいいとの考えに至った」 自社が被災した時も、被災地の支援を行った理由について、桜井氏は「人生はギブアンドテイクが大事。まずは他者に与えなければ、何かを受け取ることはできないからだ」と語っています。

 うちは義父も夫も甘口の酒が好きで、最近主流の辛口の酒は水っぽいと好まず、だったら二級酒の松竹梅とかの方が美味しいと言っていたのですが、この獺祭はフルーティな甘口で濃くて、何よりすぐ酔うので、嬉しい限りです。どうも私たちは反主流で生きているから、この獺祭の酒造会社の反骨精神はありがたいし、何より結果が出ているということが全てのような気がします。

 90年代後半、バブルの夢は崩壊し、オウム真理教事件、阪神大震災、大企業の倒産、自殺者の増加、少年による不可解な犯罪と、思春期の子供ばかりか、大人も見通しのきかない時代に不安を抱え、友人や同僚、家族とのコミュニケーションに悩む人が増えた時、その当時の映画やアニメは世紀末で、死に満ちていて、そしてその頂点に立ったエヴァは良くも悪くも見た人の心をとらえ、25年間続いたのです。この物語には庵野監督のすべてが込められ、彼の気分がフィルムに定着したもので、最後に主人公は他者とのかかわりの大切さに目覚めていて、農業や医療など、戦闘や兵器と無縁な仕事に汗を流し、未知の人間をあれこれ詮索せず受け入れる懐の深さを持ち、他者とかかわることでこそ自分が変わりそれが成長だという明快なメッセージを持って、不透明な世界でも一歩を踏み出そうとしています。

 ワクチン接種も、オリンピックももはや純粋な理念に基づくものではなくなり、誰にもわからないモンスターのような何かが、ただ動かして行っている気がします。悪い人間も権力者も、もうそんなちっぽけなものは、コロナがとうの昔に吹き飛ばし、ただの残骸の概念を語っている人たちは抜け殻に過ぎません。彼らの中身も、もう何かに乗っ取られています。エイリアン映画のように、化け物たちに追っかけられて断崖絶壁の淵を走っている私達に、何ができるか。夢から覚めること。精神の核を壊されない事。やることはたくさんあります。先に進んでいる人たちもたくさんいます。

 今日はとても暑かったので、オンザロックで獺祭を飲みました。明日は結婚式に参列する方が夏の着物を借りに来ます。役立つということ、必要とされることがかけがえのない生き甲斐だし、惜しげもなく着物たちを下さった方々に感謝しています。