おじいちゃんの日の丸

 2022年寅年、新年です。1月3日は山羊座の新月で、午前3時33分の寅の刻、新月を迎えます。崖のぼりが得意な山羊さんのように、社会の頂点に向かう下剋上パワーを隠し持ち、人生の目標を設定したり、社会的な成功をオーダーするにはぴったりな新月だそうです。自分の才能を活かして価値を創造していくことで、周りがどうであれ、自分自身と真摯に向き合って、そこに在る痛みと闇を崇高な愛に置き換えていく。年末から世界の空気感ががらりと変容するようになる。さりげなく相手を思いやる心、言語を超越した部分に繋がる感性、空間と一体化して神恩にあやかる智慧。

義母が施設に入ったあと、片付けている時に沢山出てくる品々の中に、私たちはこのうちを守る、義父の魂であるこの日の丸をみつけました。若い頃剣道を始めたのですが、隣でやっている柔道の方が面白そうで、その道に精進するとめきめきと頭角を現したということはなんとなく聞いていましたが、十代で海軍兵学校に入り、戦争に行く時でしょうか、入團するときにこんなにたくさんの強い柔道家たちが寄せ書きを送ってくれるほどの期待の精鋭とは知りませんでした。一番純粋で、一番強かった時の義父の姿が浮かんできます。

 義母に縛られなくなった初めてのお正月、一年ぶりにあらわれた息子はまさかの坊主ヘアになっていて、髪の毛の薄くなって来たのを心配したり隠したりする必要もなくなり、清々しく吹っ切れて、初めて生き方に意欲を持ってきたようです。長女は着物の仕事で、新しいセンスが認められてきたようで、その分野の人材が乏しいことを嘆きながら、野村克也監督ではないけれど、いかに人を育てるかを考えなければならないと力説し、最近特別講師をやってほしいという声が掛かってきている夫といろいろ話合っています。

 今まで、義母を代表とする旧体制の価値観がこの家を支配してきたけれど、それが終わり新しい価値観を打ち出さなければならない時、右往左往し、悩み、暗くて寒い中に沈滞していた私たち家族がやっと芽を出し始めてきた感があります。坊主ヘアの息子に私はいつも自分の事ばかり考えていると批判されながら、姉弟三人が話し合っているのを聞くとこんなに仲が良かったんだと改めて知ったし、そこに次女の旦那さんが絶妙なツッコミを入れたりして、いつになく私だけを責めている話題が、意外と嬉しいのです。夫は明るくていい人なのに、私は暗くて自分勝手で、だから自分達は苦労しているというのなら、これからそれを乗り越えなさいと思うし、それよりこの義父の日の丸を自分達の原点にして発展していってほしいのです。昨年の五月に義父の十三回忌をした時、家庭を持つ自信がないとか、今の日本では大変だと気弱に言っている息子に腹が立ったのだけれど、元日の日経新聞に出ていた建築家の安藤忠雄さんと、霊長類学者の山極寿一さんの対談を読んで、色々なことがわかり、これからの若い人たちの生き方をどう支えていけばいいのかという指針が、明らかにされていました。

 「世界的に頻発する異常気象に、長引くコロナウィルスの感染状況により、暮らしは一変しました。どう受け止め、見通せばよいか。温暖化を世界中が今止めなければ、人間の生存環境だけでなく、地球上の生物多様性が壊れかねない。そして温暖化が食糧生産の足かせにもなって、地球規模で物事を考えないといけない時に、大国が自国主義に傾いていっている。今一番問題なのは、世界分業体制の行き過ぎで、自分達の食べるものは自分達で生産して、それをまず整えてから輸出作物を作るというようなプロセスをもう一度作り上げないと、実際には豊かになりようがない。もう一度地球の生態系を考え直して、それを壊さないように人間の生産と消費というネットワークを作り上げないといけない。

 日本という国は、このところ苦戦している。日本だけ停滞している。経済の為社会を動かすという方向を変更できないまま、今に至っているし、常に右肩上がりの経済のために社会を作るという逆説的な世界観に縛られてしまった。世界は激動しているのに、日本は半世紀前から止まったままで、企業は売り上げと利益に追われ、給料は上がらない、経済を活性化するのに経済の事だけ考えてもだめなのに、企業のトップにも政治家にも、科学技術に対する敬意、芸術文化に対する愛情が感じられない。「社会はここに向かうのだ」というしっかりしたビジョンがない。日本というアイデンティティが透明化してしまい、地域の個性が身体になかなか根ざしていない。だから、逆に世界で活躍できる自信が、気概が出てこない。このまま、便利さだけを追い続けるのではなく、自分達が目指す未来はどこにあるかを、一回原点から考え直さなければならない。今世界で活躍する若い人を育てようと思ったら、危機管理ができないとだめだし、命あるものと付き合い、野性的な勘というのか、生きて行く力みたいなものは、コンピューターの画面を眺めているだけでは絶対に育たない。おなじ知識でも、外に出て、五感でリアルな世界に向き合って得たものは、身体に残る。内向き志向では、人間は育たない。もっと旅をしなくては。危機を感じる身体の反応。体験して初めて知る気配、大事な現場の空気。自分の身体で得た知識というものは、絶対に忘れないし、強い。頭でなく身体で「こうだ」と言い切れる強さがないと、思い切った挑戦もできない。その強さは実体験でしか得られない。」

 朝BSで世界のニュースを見てから、日本のワイドショーにチャンネルを切り替えると、内容の落差に驚くのですが、それはそれでいい、年齢関係なく、常に危機意識を持ち、自分がどう進んで行くべきか、アンテナを張りつつ、好きな道に邁進していきたい、外国へ行く機会も乏しいけれど、今までエアビーで来たたくさんのゲスト達との邂逅の体験、現場の空気、自分の体で得た知識とか感覚をよすがにして、何かを広げていけば良いのです。

 息子が前にぼそっと言った「悪い血は絶やしたい」という言葉を、今私は否定できます。これからの世の中を生きて行く力を、義父も先祖も持っていた、その脈々と流れる血と、正しくものを見る目を持ち続ける努力をしていくことが、私たちに今一番必要なことなのでしょう。