久しぶりのゲスト

 久しぶりのエアビーのゲストは、沖縄の学校でソーシャルワークの仕事をしているGailと友達のEllisaでした。体格がいい50代と60代のアメリカ女性なので、私のサイズの大きな着物や紬を出しておいたのですが、陽気に現れた二人は明るいブルーや赤やオレンジが好みだと言われ、ショートカットのGailは外国人に人気の鹿や花が描かれた青の着物を選んだのですが、さあEllisaには何を着せようか猛烈に迷いました。もう振袖しかないと覚悟を決め、これは20歳の女の子が着る着物だから今日はあなたはtwentyよと言い含めて長襦袢もなしで何とか着せ、ドレッドヘアーを低めにアップにして花飾りの簪を二つ付けたらとても素敵で、喜んでくれました。

 いつもながら夫は帯や小物のコーディネートをしてくれて、先に着付けたシカゴ出身のGailとはホワイトソックスの話をしたり、ティーセレモニーでは飲み方の説明をしたり、本当にありがたい限りです。外に出て大丈夫か、私が少しためらったのだけれど、二人ともちゃんと着物の上前を抑えて小股でしずしず歩き、動画を撮ったりはしゃいでいました。びっくりしたのはコロナ前とは道行く人の反応が全く違うことで、今までは見て見ぬふりをしている人が多く、無表情だった町の方々が、顔をほころばせて拍手をしてくれたり素敵!と声を掛けてくれるのです。

 エレベータ―に乗ろうとしたら、ウェイトオーバーになると察知した男性がすっと降りて階段を登ってくれたり、柴又でもいたるところで声を掛けられたり写真を撮りたいと言われたり、Ellisaは女優さんのようにあちこちで手を振っているのです。満開の桜の下で写真を撮っていると、近くの飲食店の女の子が一緒に写真撮って下さいと言ってきたりして、モテモテの二人でした。

 感染対策も少し緩やかになり、やっとお寺の中も入れるようになって、三人で小さいろうそくを灯したり、仏様の前に頑張って正座して拝んだりしていたら「久しぶりですね」とお坊さんにまで声を掛けられ、私はびっくりのしっぱなしだったのですが、沢山の仏教彫刻のコーナーでは、真剣に質問するEllisaに英文の説明を見ながらGailが自分の解釈も入れて仏教について語る姿に強く感動しました。

 前日に息子の住まいに夫と二人で行った時、自営の家に育ち自営の家に嫁いだ私にはサラリーマンの感覚が分からないから、色々な事に無知でどうしようもないと息子に酷評されてしまいました。随分前に来たゲストの女性が、私に仕事はしていないのかと聞いてきて、接骨院をしていた頃は従業員の世話から経理から掃除から、全てに携わっていくことが自営の家庭だと答えたことがありました。でも何にしろ全てにおいて中途半端で無知な私は、何百回お寺に通っても仏教について自分が納得できる説明を英語ですることはできないし、彼女達の仕事のソーシャルワーカーについて精通しているわけでもない、海外に行ったことも少ないし、それこそナイナイ尽くしの私ですが、真剣に仏教の説明をするGailとそれに聞き入るEllisaの姿を、外に咲いている桜をバックに写真に撮りながら、これまでもこんなことは何回かあったのですが、これが私の望む形であり、私の着物体験なのだとあらためて思っています。

 帰りの電車で二人に話したのは、沢山の高級な着物や帯を、外国人に着てもらうため皆さんが無料で私に下さり、こうやって綺麗な着物姿をみんなが喜んでくれるということが、私の喜びであり、誇りだということです。着物の持ち主の着物に対する愛情や、純粋な気持ちや、着物の品格、美しさが、異国の人々をこんなにも素晴らしい姿にするということが、私たちはなにより誇らしいのです。今回、こんなにも周りの人たちに喜んでもらえ、マスクをしていても、にこにこして声をかけて下さるというのは、みんな嬉しいからだ、コロナ感染によって、そしてウクライナ紛争も解決が見えない混沌とした時代に必要なのは、自分の心を解放し、正しく物事を見て、前向きに努力していくのは喜びだと実感することでしょう。まだまだ油断できない状況ですが、こんなにもみんなが喜んでくれることに、深い感慨を覚え、老骨に鞭打って何とかもう少し頑張って見ようと思うとともに、学校でハーフアメリカン、ハーフジャパニーズの子供たちの心の問題やトラブルに関わる仕事をしているGailとEllisa の真剣な表情や姿に、私は強いインパクトをもちました。これまで来たたくさんの外国人の中にも、心のトラブルを抱えている人はいて、それを何とかしようとガールフレンドが必死で仏教の彫刻の説明を読んでいた姿を思い出します。

 私たちは、今こそ成熟しなければ、いつまでたっても争いや戦いは終わらないし、相手に付け入るスキを与えたら、こちらは滅ぼされてしまうという危機意識を常に持たなければいけないのです。世界は複雑で、自分の事しか考えず、あまりに無知であれば、真っ逆さまに裂け目に落ちてしまいます。芥川龍之介の”蜘蛛の糸”の世界は、今ここにあるのです。計り知れない困難に直面しながら戦い続けることこそが成熟につながる、目標に向かう人間の純粋さ、ひたむきさ、最後まであきらめない姿勢、そうした精神を見ることが、ひとの心を震わせ、インスピレーションを受け、人間の深い寛容さを追い求めるようになる。私は今日のゲスト達から、色々なものを感じとれたことを、心から感謝しています。