村上春樹ライブラリー

 なかなか予約が取れなかった村上春樹ライブラリーに昨日行くことが出来ました。次女が一浪して早稲田に入った時に、大学には何回か来たことがあるのですが、あれから二十年余りたち、コロナで授業もリモートが続いていて、やっと今年度から対面で授業も出来るようです。この日は暑いくらいのお天気で、学生さんたちもたくさん歩いて居て、ふと思ったのは早稲田ってこんなに綺麗な大学だったかしら、昔はもっと鋭い目つきの年を取ったような学生がたむろしていたりビラ配っていたりしていたのに、今は可愛いお嬢さんや男の子がマスクして楽しそうにお昼ごはんの話したり、大学内の洒落た綺麗なカフェでお茶しているのです。

 村上春樹ライブラリーは作品の執筆関連資料、海外で翻訳された書籍、収集されたレコードなどが村上氏から大学に寄贈されたことを契機に生れた画期的な施設で、隈研吾氏の設計で建てられたものです。全部が村上さんの寄贈された物でなく、テーマの流れに沿って民間会社がそれに適した本を選び配置しているそうで、ハルキストの私にとって、小説に出てきたものに関連する様々な本が並んでいるのが面白くて面白くて、隈研吾さん設計の階段とアーチのある本棚にずっとへばりついていました。カフェではジャズを聴きながらコーヒーを飲んだりできるし、いろいろ写真を撮っていた夫は私ほどハルキストではないので、座ってグループラインをしたり、次女にメールを送ったりしていましたが、タバコも吸えないし限界みたいなので、二時間いられるところ半分で引きあげることにし、いずれまた私は一人で来ようと思います。

 それにしても自分のためにあるような図書館というのは素晴らしい、もともと村上春樹の小説が世界中で読まれるのは、この本は私のために書かれたに違いないと思う人が多いことで、子供の頃から図書館に通いつめていた村上春樹さんだから作れるのでしょう。世界中に読者がいて、アラビア語からギリシャ語まで翻訳本が並んでいるのを見ると、村上さんと同年代でよかったと心底思うし、これからの不透明で危険な世の中をどうやってわたっていこうかと考えるヒントやエートスがここにはあるということが途轍もなく嬉しいのです。

 昨夜私も本棚に村上春樹コーナーを作ってみたのですが、ふと最近読んでいなかった「雑文集」という本を手に取って開いてみると、赤線だらけで書き込みがしてあるページがあってあらためて読んで見ました。阪神大震災や地下鉄サリン事件が続いて起きた1995年の文章で、その時村上さんが重要視していたのが「社会自体の目的の喪失」「目に見える目的の喪失」でした。殺人的な満員電車に毎日乗って週五日三十年間会社に通い続けなければならない時代があった、みんながやっている事なんだから黙って耐えなければいけなかったことが25年後の今、コロナウィルスの感染でいともたやすく否定されています。リモート、オンライン、満員電車に代わる手段が、人々の暮らしを変えて来た、そして今度は戦争です。権力者が人を殺せと命令したら、みんなそろってやらなければならないのか、みんなやっていることだから、黙って耐えてやらなければならないのでしょうか?

  春樹さんはこの1995年の時点で、物語を通過することの大切さ、フィクションと実際の現実の間に引かれている一線を自然に見出す力、フィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけることは必要だといっています。そしてフィクションとは別のところで、現実世界と立ち向かう自己を作り上げていかなくてはならない。自分の中のいろいろな意識のずれが、実は我々の社会の大きなねじれみたいなものを作り出しているのではないか。

 オウム真理教の元信者の語る個人的なヒストリーの多くは、立ち上がり方が平板で奥行きに乏しく、心に訴えかけてくるものが希薄で、閉鎖的集団の中では「意識の言語化」は「意識の記号化」に結び付いていく傾向があります。そのような記号化は長期的に見れば確実に個人の物語(ナラティブ)ヒストリーのポテンシャル(潜在的な力)を落とし、その自立性を損なっていく。そしてそれはとても危険な事なのです。社会にある外なる混沌は、他者として、障害として排斥すべきものではなく、我々の内なる混沌の反映として受け入れていくものではないか。我々の皮膚の内側(自己)と外側(社会)が上手く通信し始めるかもしれない。我々の抱えている個人的なナラティブが、両者の間を結ぶ装置としての必然性を持ち始めるかもしれない。混沌の本質を自分の中で引き受ける。彼らを痛みとして取り入れること。ある場合には許容すること。社会がいかに劣悪なものであるとしても、少しずつでもそれを補強していこうとする意志こそが、我々の内なる閉鎖性をも正しく活性化させていくのではないか。

 そして、それから27年たちました。テロがあり、地震や大津波でたくさんの人が亡くなり、そしてコロナ感染が世界中に広がり、今またあちこちで紛争が起こり、何千人という人々が殺され、それを正当化する権力者がテレビに堂々と写っています。阪神大震災とサリン事件は一つの強大な暴力の裏と表ということが出来るかもしれない、それらは共に私たちの内部から、足元の下の暗黒、地下、アンダーグラウンドから悪夢という形をとってどっと吹き出し、同時にまた、私たちの社会システムが内奥に包含していた矛盾と弱点とを恐ろしいほど明確に浮き彫りにしました。我々が平常時に所有していた想像力=物語は、それらの降って湧いた凶暴な暴力性に有効に拮抗しうる価値観を提出することが出来なかった。

 村上さんの「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」という小説には東京の地下の闇の中に生息するやみくろという生き物が登場します。彼らは古代から地底の深い闇の中に住みついているおぞましく邪悪な生き物で、目を持たず死肉をかじるという、村上さんの想像の産物なのだけれど、これがオウム真理教の信者だとかいうのではなく、やみくろとは私たちの内にある根源的な「恐怖」の一つのかたちだと言います。私たちの意識のアンダーグラウンドが、あるいは集団記憶としてシンボリックに記憶しているかもしれない、純粋で危険なものたちの姿なのです。そしてその闇の奥に潜んだ「歪められたもの」たちが、その姿のかりそめの実現を通して、生身の私たちに及ぼすかもしれない意識の波動なのです。

 「それらは何があっても解き放たれてはならない。またその姿を目にしてもならない。私たちは何があろうとやみくろたちを避けて日の光の下で生きて行かなくてはならない。地下の心地よい暗闇はときとして私たちの心を慰め、優しく癒してくれる。そこまではいい。私たちにはそれも必要なのだけれど、しかし決してその先に進んではならない。その向こうにはやみくろたちの果てしなく深い闇の物語がひろがっているのだ。」オウム真理教の五人の実行者たちが尖らせた傘の先端でサリン入りのポリ袋を突き破った時、彼らはまさにその「やみくろ」たちの群れを、解き放ったのです。彼らは本当にそんなことをするべきではなかったのです、何があろうと。

 「目じるしのない悪夢」ー私たちはどこへ向かおうとしているのでしょうー。27年前にサリン事件の被害者たちの肉声を記録した「アンダーグラウンド」という本を出版した村上さんの長いあとがきの題名です。サリン事件が起こり、いろいろな報道を目にしながら、村上さんが感じたのは、不思議な戸惑い、あるいは違和感で、位相のずれのようなものだと言います。「居心地の悪さ、後味の悪さ。事実を統合し血肉化する総合的な視座を私たちが自分のうちに持たなければ、すべては無意味に細部化し、犯罪ゴシップ化してそのまま歴史の闇に消えていくしかないのではないか。オウム真理教という「ものごと」を純粋な他人事として、理解しがたい奇形なものとして眺めるだけでは、私たちはどこへも行けないのではないか。自分というシステム内に、ある程度含まれているものとしてその物事を「検証」していくことが大事なのではあるまいか。私たちのこちら側のエリアに埋められているその鍵を見つけない事には、すべては限りなく「対岸化」しそこに在るはずの意味は肉眼では見えないところまでミクロ化していくのではないか。オウム真理教という物事が実は私にとって全くの他人事ではなかったからではないか。そのものごととは、私たちが予想もしなかったスタイルを取って私たち自身の歪められた像を身にまとうことによって、私たちの喉元に鋭く可能性のナイフを突きつけていたのではないか。私たちがわざわざ排除しなくてはならないものが、ひょっとしてそこに含まれていたのではないか。」

 「こちら側=一般市民の論理とシステムと、あちら側=オウム真理教の論理とシステムは、一種の合わせ鏡的な像を共有していたのではないか。凸と凹が入れ替わり、正と負が入れ替わり、光と影が入れ替わっている。しかしその暗さと歪みをいったん取り去ってしまえば、そこに映し出されている二つの像は不思議に相似したところがある。いくつかの部分では呼応し合っているようにさえ見える。それはある意味では、我々が直視することを避け、意識的に、あるいは無意識的に現実というフェイズから排除し続けている、自分自身の内なる影の部分(アンダーグラウンド)ではないか。」沢山のサリン事件の被害者へのインタビューをまとめた村上さんの 「アンダーグラウンド」は700頁以上の厚い本で、私は全部読めずにいたのだけれど、長い前書きともっと長いあとがきと、何十人もの方々が語ったことを文字に起こしているものの中に、いろいろなものが隠されていたことに、今気づいています。ライブラリーのパンフレットに書かれた「息をするのと同じように学ぼう Learning is really no different from breathing」という村上さんの言葉の中に、私たちの救いの道がある気がしています。