バベットの晩餐会

 三回目のワクチン接種をして以来、だるさや腰の痛みでやる気なくゴロゴロしていた夫がやっとゴルフへ行こうという意欲が湧くまでになり、夜にひどく降った雨も上がり珍しく青天に恵まれた一週間前の水曜日、栃木のゴルフ場へ朝早く出かけました。夫がいなくなったので、私は勇んで窓ガラスやベランダの手すりを拭いたり、種まきをしたマリーゴルドの本葉が出てきたのを間引きして植え替えたり、農協へ花や野菜を買いに行ったり忙しく過ごしました。

 お昼食べてのんびりくつろぎながらテレビを付けたら、BSでデンマーク映画「バベットの晩餐会」をやっていて、急いで録画しながら見入っていました。19世紀の北欧のユトランドの片田舎に住む美しい牧師の娘さんたちと、パリの内乱で家族を殺され、亡命してそこへやってきた料理人の女性バベットの物語なのです。エアビーでは北欧から来るゲストも多く、真夏の暑い盛りにノルウェーから来た三十代の夫婦は何とポケモンラリーに参加することが一番の目的で、訳が分からない私は話についていけず苦戦しました。ブロンドの髪の年上の奥様は、アトピー性皮膚炎で偏食の旦那さんをリードしながらうちの中で訪問着を着て写真を撮りティーセレモニーをした後、浴衣に着替えて猛暑の中柴又に向いましたが、暑いこと暑いこと、携帯用の扇風機を回しながら「ヒート❕」と嘆いていました。初めは無口だった旦那さんもだんだんほぐれてきて、住んでいるマンションのドアを開けると前はフィヨルドだとか、バイクでツーリングをするのが趣味だと教えてくれたのですが、地理に弱く外国もあまり行ったことがない私にとっては、いままで読んだ本とか映画とかの記憶をたどりながら、外国の風景の想像をするしかないのです。最後は旦那さんを手招きしてがっつりハグして別れましたが、テレビ番組で北欧のフィヨルドが映し出されると、いつも彼のことを思い出します。

 「バベットの晩餐会」で一番好きなシーンは、宝くじで当たった百万円を皆使って、豪華な料理を作り村の信者たちに振舞ったバベットが、皆が帰った後台所でコーヒーを飲みながら感慨にふけっている所で、自分の最善を尽くす、一流シェフだった彼女は自分は芸術家であり、芸術家の心には自分に最善を尽くさせてほしい、その機会を与えてほしいという世界中に向けて出される長い悲願の叫びがあるというのです。でも自分の家族が殺され、お金もなく亡命してきて、住み込みで働いてきても、自分は料理の道の芸術家であり、これまでたくさんの人々を満足させてきたという自負と誇りと技術があるということで、こんなにも最後まで生き生きと幸せに暮らせるということ、宗教もいろいろあるけれど、それに包まれているということも人間の深さに通じるような気がします。

 若い頃スウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンの作品が好きで、よく岩波ホールへ見に行ったものでした。プロテスタントの牧師の子として生まれましたが、厳しい父に強く反発した彼は家を飛び出しやがて映画を作るようになってからは宗教と神の問題や愛と憎悪、親子の確執といったテーマに生涯取り組んだのです。神の沈黙とは人間の沈黙に他ならず、彼らを救うのは神ではなく、実は人間同士の言葉や理解なのだ、人間の心の奥に潜むエゴイズムや偽善、孤独と疎外感が浮き彫りにされる中にある、心のうちに響き渡る深い精神性、人生の意味を考えさせる彼の映画は、混乱の時代を生きる私たちに、希望と感動と愛と安らぎを与えてくれていたのです。 

 結局、どの時代においても、人は自分の奥底まで深く下りて行き、そこですべてを物語の中にくぐらせ、咀嚼し、昇華させなければならない、映画の中で流れていたバッハの無伴奏チェロ組曲を聞くたびに、その時の思いが蘇ります。いろいろな混乱が私たちを惑わせ苦しめているけれど、こういうことは昔からあったことで、バベットも国を追われた難民だし、紛争や侵略によって国を追われた人々ばかりでなく、地球温暖化に伴う異常気象で住まいを追われる「気候難民」が各地で増えていて、その規模は武力抗争が原因で生じる難民の3倍に上り、2050年までに2億人を超すとの試算もあるというのです。自然災害に国境はない、南スーダンの北部では毎年の雨季の頻度と規模が異常で、滑走路は2019年から水没したままだし家も農地も家畜も水に奪われ、内戦もあって人々は郷里を離れていきます。インド北部ではヒマラヤの氷河が崩壊して大規模な雪崩や洪水が起き、南アフリカ東部の都市ダーバンでは記録的な豪雨が襲って洪水でたくさんの人々が家を失っています。気候災害、紛争、コロナウィルスの蔓延、家を失ってもどこへ逃げて行けばいいのかさまよう人達がいる中で、ここまで事態が悪化していることを冷静に考えた時、どう心を治めて行けばいいか、指針はあるかと探すと、古今東西の本や映画や資料があります。はなはだしく意識がずれて、悪い道を選んで歩こうとしていることを認識するためには、自分が本当に望んでいる素晴らしい風景をいつも思い浮かべるのが良いのでしょう。台所で沢山の鍋や皿や使った食材に囲まれて、コーヒーを飲みながら深く考えているバベットのそばにそっと座りたいなと思います。危険に満ちた今の世をどうやって生き抜くか。バベットは生き抜いてきたのです。