デザイナー 中里唯馬さん

 このところ気候が定まらず、昨日はやたら暑くて、近所のスーパーで買い物していたら電話がかかってきて、着物をもらってほしいので、30分後にうちに来たいとのこと、昼ごはんを買って急いで帰りました。しばらくしたら、唐草模様の風呂敷に着物や帯や羽織や雨コートを包んで、暑いさなか自転車で届けに来て下さり、頂き物も入っているのだけれど処分することもできなくて、知り合いの紹介で私のところまで運んで下さったのですが、汗を拭きながら申し訳なさそうにしているので、外国人のゲストがいろいろ着物を着ている写真を見せながら、こんな風に使った時期もあったし、今は若いお嬢さんたちが古い地味な着物を見て「可愛い!」と言って持って行くという話をしながら、私も臙脂のウールの着物の柄を見て思わず「可愛い―」と言ってしまいました。

 最近は卒園式に保育園の先生が着る袴があるか?とか、双子ちゃんの七五三ができるか?とか問い合わせがあって、とにかく何でもそろっているので、一時片付けたのを、また引っぱり出して広げて確認しています。美容師の寛子さんが浴衣のレッスンに来て、私が戴いた布地を帯にしようと縫ったものやレースの生地を見て欲しいというので差し上げたのですが、うちにたくさん寄せられているものを欲しい方に差し上げると、また新たな動きが出てくるのを感じています。

 

 写真家の蜷川実花さんが、最近羽生結弦選手の撮影に使ったオートクチュールのデザイナーの服がとても斬新で今評判なのですが、ネットで調べてみるととても深く色々なことを考えて居る方で、なんと着物にも影響を受けていることがわかりました。

 そのデザイナー、中里唯馬さんは、2016年から日本人として史上二人目、森英恵氏以来となる一点物の衣服作りにおける世界の頂点とも言えるパリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーに選ばれコレクションを発表しつづけていて、彫刻家の父と彫金デザイナーの母を持つ彼は、高校卒業前に単身で渡欧したベルギーのファッションの名門、アントワープ王立芸術学院の卒業コレクションに衝撃を受け、自らの進むべき道を確信、高校卒業後の2004年に入学し日本人最年少で卒業しました。「やがて衣服は一点ものしか存在しなくなるでしょう」と想像する人類の未来に向けて、人の数だけ存在する個性の奥深さ、一人一人の持つ美しさに向き合いながら、伝統的なクラフトマンシップと最新のテクノロジーを融合させた衣服作りを追求しています。

 

 考えてみると、着物というのは究極のオートクチュールで、職人さんが一枚一枚精魂込めて作るものだし、勿論大量生産するものもあるのでしょうが、私がゲスト達に着せている着物たちは一点物のオートクチュールです。「買ったら高いよー」と言いながら着せていますが、良い品質の優れた着物の着心地や美しさは素晴らしいのです。

 中里さんは人と衣服、社会と地球環境全体が調和した未来を、衣服を通じて実現することを思い描いていて、画一的なデザインを大量生産するのではなく、着る人一人一人に合わせ、長く着てもらえるような衣服を、サステナブルな素材を用いながらクリーンな生産背景の下で作ることを強く意識しています。サステナブルとは持続可能なという意味で、主に自然にある資源を長い期間維持し、環境に負荷をかけないようにしながら利用していくことを指すそうですが、2020年からは世界的なパンデミック下における社会貢献として開始したプロジェクト、Face to Faceを通じて、アップサイクルにも精力的に取り組んでいます。アップサイクルとは、不用品や廃物を再利用して、以前よりも付加価値の高い商品を作り出すことで、例えば古着を再利用して高品質のバッグを作ったりすることです。

 「現代は作る人、着る人、廃棄物を処理する人が分断されており、作る人は廃棄された後のことまで考えない。これからはデザイナーがそれをつなげていく役割を担うのではないかと思っています」江戸時代の日本には高度な衣服の循環型システムがあったけれど、現在は生産者と消費者が乖離し、それぞれが別の視点でファッションを捉えていて、世界中が持続可能社会を模索する中、「仕立てる人と着る人の距離が近く、最後に畑の肥料になるまで使い切る日本の伝統的な衣服の在り方が、未来のファッションの大きなヒントになるのではないか」と中里さんは語ります。

 

 ファションは今岐路に立っています。生産過程での環境汚染や労働問題、ファストファッション(最新の流行を取り入れながら、低価格に抑えた衣料品を世界的に大量生産・販売するブランドや業態の事)の台頭により増える廃棄量、動物由来製品への倫理的な課題など、問題は山積していますが、オートクチュールの分野からアプローチしている中里さんは、一人のために服を仕立て、喜んでいただくことが、ファッションにとって理想的な在り方なんじゃないか、オーダーメイドは制作に時間もコストもかかり、大量生産・大量消費の上に成り立つ現代のファッションとは真逆の方向性ですが、オートクチュールがファッションの社会課題を解決する糸口になるのではないかと、テクノロジーや伝統技法を織り交ぜながら模索を続けています。

 「人間は生きている間、体型や価値観などが変化し続ける生き物です。変化しない衣服はそのたびに廃棄されるのではなく、それに合わせて変化することができたら、愛着のある服を長く着ることができるし、廃棄の問題も解決できるのではないか」「布と布を針と糸でつなぎ合わせる縫製技術は、2万年以上前から存在し、強度を高く布同士をつなぐことができるのですが、一方で修繕したりアップサイクルしたりするときに、非常に労力がかかるので、針と糸と同じくらい高い強度でつなぎ合わせて、さらに瞬時に取り外せる技術を開発しました。またこれによって、多くの人々にオートクチュールの良さを気軽に体験していただけるんじゃないかと考えています」

 本当にいろんなことを考えている中里さんの事を知って、どうしても使うことができない着物たち、素敵なのに汚れがついていたりして、着せられないものをどうしたら良いかと考えていただけに、物凄い発想の転換ができるのではないか、まだはっきりわからないけれど、アップサイクルできる方法があるのではないかという気がします。「伝統技術や先人の知恵には、未来を示唆するヒントが詰まっていることがあり、例えば着物の考え方には学ぶことがたくさんありました。長方形の布を縫い合わせているので無駄が少なく、着方によって形やサイズを流動的に変えることができ、破れたら継ぎをあて、古くなったら雑巾にしたり、最終的には煮炊きの燃料にして、灰は畑の肥料になるという高度な循環を実現していたわけです」

 「アーティストに衣装を制作する時、一人一人の身体の特徴に合わせるとみんすごく喜んでくれる。それを、誰でも手に取れる価格でスピーディに体験できることを目指しているんです。テクノロジーの助けを借りれば、いずれは瞬時に生地の形や色、触感を自分好みに変えられるかもしれない。どんなに服が進化しても、デザイナーという存在は必要だと思っているんです」

 

 でも、2022年の秋冬オートクチュールシリーズに出ている中里さんのコメントは、とても重いのです。

  「この半年間、インターネットを通じて世界中から飛び込んでくる様々な事象に心痛め、右往左往し、そして、どうすることもできない無力感に苛まれながらも、何かを創る手だけは止めてはいけないと、紙とペンでひたすら絵を描き、粘土をこね、古い布を裂いて布を織り、手で染めて見た。デジタル化が急速に進む時代の流れに逆らうように、自らの手で試行錯誤し創り出すことに安心感を抱いたのかもしれない」

 「ふと、このコレクションの色を何色にしようと考えた時に、青い色を付けたいと思った。地球の青である。空や海は青く見えるが、それは現象として青いだけで、海の水に布をつけても青くは染まらない。目には見えているのに、まるで存在していないかのような不思議な存在なのだ。私は、青い服を纏うということは、化身たちが私たちに届けるメッセージを纏っているような、そんな感覚になれるのではないかと考えた」

 「このコレクションは、役割を与えられなかったデッドストックの素材を集めて制作した。倉庫に眠ってしまう理由は、傷がるものや、多く生産してしまったものまで、様々である。これらの素材は、ものとして素晴らしいにも関わらず、一般的にはなかなか価値を見出しにくい。しかし、視点を変えれば、物事の善悪は入れ替わり、全く別のものに変化することがある。価値がつかないものから、人が美しいと感じるものを創り出したい、そんなチャレンジをしてみたいと思ったのだ。東京のビルの隙間から見える青空から、私はまだ見ぬ青い地球の姿を想像し、そして祈るようにこのコレクションを創っていった」

 「心が痛むような様々な事象に溢れる現状を、大空を悠々と飛ぶ鳥や、別の世界と世界をつなぐ存在であるシャーマンにも思いを馳せながら創ったコレクションは、古代世界のようにスピリチュアルであると同時に、ファッションの未来を考え、地球環境を守るための意欲的なアクションがなされている。まず、袖を交換したリつぎはぎをすることでリペアが可能で、また帯の位置を変えたり裾の長さを内側に巻き込むことで、様々な身長や体型の人が着ることができる着物に注目。そして着物が長方形で出来ているところからヒントを得て、生産時の生地ロスをゼロにすることができる長方形のパターンをほとんどのピースに使用している」

 「さらにこのコレクションは余剰生地を集めて制作されている上に、アップサイクルや衣服の焼却、埋め立て率を下げることを考慮して、できる限り一つの素材で出来ている生地を使用し、そして異素材同士を縫い合わせることもできる限りしない作りになっている。染めに関しては、繊細な手書きの質感をできる限り損なわずに生地に印刷するためと、刷版の洗浄などに膨大な量の水を使用することを避けるためにデジタル捺染を行った。また、針と糸を使わない特殊な付属により衣服を組みたてて何度でも繰り返し素材同士をつけたり外したりすることができるプロダクションシステムも駆使している

 そのシルエットは「着る」というよりは「纏う」服。一人一人の人間に合わせて、洋服が人間の体の一部として変化する服を追求する中里さんの哲学が、コレクションから伝わってきます。

 

 世の中は、世界は、もう存続するのが難しいのではないかという気さえするときがあります。コロナ感染、気候変動、終わりなき紛争、果てしない殺し合い、それなのに私たちは平然とファッションを考えグルメに舌鼓を打ち、楽しみをもとめています。解決しない問題は見なければいいのか。生きて行くために、生き甲斐を持つために、自分で目標を持ち、進んで行こうとするなら、その道の中には新しい希望やみんなの救いになるような何かの哲学がなければならない。

 中里さんは、5年後の未来、人々のファッションに対する意識は、大きく変わっているのではないかと予想します。「情報が多様化して、トレンドがマイクロ化している中で、売り上げを追い求めてデータ分析すると、ある種、均質的で無機質なデザインになってしまいます。人間は矛盾を孕んでいる生き物なので、それだけでは喜びを感じられません。だから、これからもデザイナーは、感情的だったり内面的なものをデザインで表現していくことが必要だと思っています。

 また、今の社会的課題は衣食住に密接に関係しています。中でもファッションは、“カッコいい”というキャッチーな入り口があるので、様々な分野について考えるよい機会になるのではないでしょうか。5年という時間はあっという間ですが、変化の速度は加速していき、この先の未来は、人々の意識や価値観、ファッションも大きく変化している可能性があります。今の課題も解決の糸口を掴んでいるかもしれません。そのために、オートクチュールの可能性を探ることが、ひとつの“解”になるのではと考えています」

 Blueと名付けられた彼のファッションショーは、とても綺麗で、荘厳で、ギリシア神話のようで、そしていろいろな要素が詰まっているのです。うちの着物たちにとっても、何かのきっかけになるだろうか。考えて見なければなりません。