奥信濃の地酒  水尾

  またまた昨日は怒涛のごとくの一日でした。中国の夫婦、一人旅の中国の女性に加え、先週の日曜日予約していたけれど海鮮に当たってアレルギーを起こし顔が腫れたので今日に予約し直したマレーシアのカップルが加わり、タクシーでやって来た夫婦、駅から二分なのに道がわからなくなった女の子と登場の仕方も異色で、私は混乱しながらお茶を出し、空腹だという旦那様にお菓子を食べてもらい、夫が男性二人男物の着物を着せている間に三人の女性の着物選びをしました。

 四十代のジョアンヌは私の体験ページのトップで娘が来ている薄紫の単衣の着物が着たいと言ってきて、私はこんなこと初めてでビックリしながらこれは冬の着物ではないと説明して他の着物を選んでもらっていると、何と私の地味な空色にベイズリー模様の紬が気に入り、帯は最近頂いたイチョウの黄色い葉が描かれた黒の名古屋帯に渋い黄色の帯揚げ、小豆色の素敵な模様の付いた帯締めに黒い別珍のショールをコーディネートしました。ちょっと寂し気な趣のある奥様なんだけれど短めの髪をアップにし、箸の髪飾りと櫛を差したら、日本人には出せない雰囲気の着物美人に変身し、優しい旦那様は着付けの様子も外でもたくさん写メを撮ってあげていました。

 よくわからないけれど、全員同じ中国語?を話すのか、着付け終わった順にお茶を飲みながらずっと話しているし、夜中にパソコンで仕事をしていたらしいマレーシアのカップルは眠いとあくびしながら時々女の子が不機嫌になるので困ったと思いつつ、着付けをしていましたが、一番混乱して大変な時間に突然日本人のお客様が現れ、帽子被って眼鏡をかけてマスクをしているのでどなたかわからないでいたら、桂さんがなんと日本酒の瓶をおみやげに持ってきて下さり、そのまま帰られたのです。私はまだ状況が把握できず、お酒が好きだと言っていた空腹の旦那さんに後で飲んでもらおうと咄嗟に思いながら全員着付け、すぐ柴又へ行く支度をしながら、”空腹”というキーワードにこれまで何回とらわれて体験の組み立てを変えたかと考え、案の定参道のお店のショーインド―ばかり覗いている旦那さんのために早めにお寺の庭園に入りました。今日はギターの生演奏をお庭でしていて、そこでは写真が撮れないので池の方に回ると、早速女性陣は欄干に腰かけ、男性陣は延々と写真を撮り続け、眠気の冷めたマレーシアのヤングカップルはもう自由に行動し始めて、私は放牧している羊さんたちを一定方向に連れて行くため行ったり来たりしながら予定コースを回りました。もう記憶が段々とんでくるのだけれど、空腹というキーワードだけはしっかり記憶し、結局みんなと一緒だとゆっくり食事できないことに気がついた旦那さんは「大丈夫」を連発し始めたので、草団子の折と濡れ煎餅を買い、家のそばの鳥やさんで焼き鳥を買おうと思ったら旦那さんがしっかりついてきて、つくねや手羽先や焼き鳥を指さして注文し、ちょうど町会のくじ引きで当たった商品券を使ってみんなの分も買って無事帰宅。お茶の前に焼鳥でお酒を飲もうとすると、テーブルの上には桂さんのお酒がどんとあるのです。何と嬉しいことでしょう!

 参道でとうふアイスを食べながら歩いて居たマレーシアのヤングガイのギブン君が何処の県のものかと聞くからラベルを見ると、長野県飯山市大字飯山で作られた特別純米酒で、窓際に沢山飾ってあるおちょこをみんなに配って、焼き鳥を食べながら乾杯、本当に美味しいお酒でした。お茶の懐石では、抹茶を飲む前にお酒も飲むので、最後に草団子を並べてティーセレモニーをして、女性二人も点ててくれ、飲み方を夫が指導していたら若いギブン君がなぜ茶碗を二回回すのか質問してきて、この二人は参道でも日本の数の数え方を一生懸命覚えたり、突然覚えたばかりの「英語のメニューありますか?」という言葉を発したり、面白い子たちなのです。

 最後のプレゼントの時、女性陣は羽織や可愛い上っ張りを選んで、男性に「羽織はいらないよね?」と聞いたら、興味があったらしくいろいろ探し始め、ジョアンナの旦那様は黒い道行、ギブン君は地味目の染匹田の羽織を選んで着て、若い二人は羽織を着て抱き合っています。なんじゃこりゃ、あんなに眠たがっていたのに!ふと気がついたのは、もしかして酔っ払っているのかしら?これから六本木ですき焼きを食べるという若い二人は、シンガポールに来るときは是非寄って下さいと言って颯爽と帰り、焼き鳥と草団子を食べた旦那さんは少し落ち着いて、本気で何か美味しいレストランを探していくそうです。

 夫と二人、みんなを送って、しばし茫然としながら、皆さんの好意や想いや力で、私の体験は成り立っているということに改めて感謝しながら、ティーセレモニーの最後に、お茶というものは本当はサムライが戦いに行く前に心を静め穏やかにし、無の境地になるためにする儀式だと私の気持ちを話したのだけれど、日本文化に対して真剣にその意味を問い、真摯に体験するということができるのは、こうやってはるばるやって来る外国人ではないかと思っています。

今日は桂さんの下さったお酒に助けられた一日でした。