早蕨

 成人式の前の日に来る二人のゲストのために支度をしていて、お茶道具の水指の水をずっと替えていなかったので外のバラの木にその水をあげようと思ったら、手が滑って水指を落として割ってしまいました。大きな声を出してしまったので、新築中の隣の家の大工さんがびっくりして目があって「お騒がせしてすみません」と謝って破片を片付けながらこうやって何回物を壊してきたかと反省しつつ、どなたかから戴いた茶色にわらび?の模様が書いてある水指を出して飾りました。

 新年初めてのお茶を点てながらその水指を見ていて、なぜか早蕨という言葉が頭の中に浮かび、万葉集の「石走る垂水の上のさわらびのもえ出づる春になりにけるかも」という歌を検索してみました。時期としてはまだまだ早いけれど、清冽な感じの和歌だなあと思っていたら男性のゲストからメールが入り、昨日の夜日本に着いたはずなのだけれど病気になったので今日はいけないとあり、インフルエンザかしらと心配しながら「お大事に」と返して、やはり油断できない日々が続くなと感じています。

 18歳の女の子はやはりおととい日本に着いて、川崎からはるばる来るとのこと、電車を間違え道を間違え、ようよう辿りついてほっとしながら、今日は一人だけだと言ったらなぜかラッキーと喜んでいます。お父さんが沖縄の方でお母さんはエチオピアがオリジン、18歳で結婚!して今は36歳でイリノイ州に住み、彼女は世田谷の駒澤大学で4年間ジャーナリズムを勉強するとのこと、初めての海外でとても緊張していましたが、日本語も少ししか話せず、それでも来日してすぐ私のところへ来てくれるのだから縁があるのでしょう。明日は成人式だし振袖を着たいというので、黒づくめのスタイルの彼女に黒の大振袖を着せたのだけれど175㎝の彼女はかなりふっくらしていて苦戦し、しごきを巻いて裾が割れてしまうのを隠したり胸元が全く合わないのをロングヘアを垂らしてカバーしたりして、何とか頑張って着せて柴又へ出かけました。

 着付けに不具合のある時は私は体を張ってゲストの前を歩くのですが、 お天気がいいので混み合っている参道を歩きながら一寸大坂なおみさんに似ている彼女は私の後をついて歩き、見るもの聞くものすべて初めての物ばかりで、あっけにとられているけれど、おうちではごはんやみそ汁も食べているし、仏教についても少し知っているようだし、つつがなくすべてのコースを回り、お団子と太鼓焼きを買って帰ってきました。電車が出るまで時間が少しあったので、このところ日本と外国のハーフが来ることが多いことを話しながら彼女の気持ちを聞いてみると、日本人でもない、アメリカ人でもない、どこへ行っても中途半端で悩むことが多いというけれど、私は今の混乱した世の中を生きて行くには、初めから自分の中に違和感がありそれと共に生きて行かざるを得ないというネガティブな気持ちを、何かを得ることによってポジティブに変えていく選択力とか同化力をいつも考えていられるというシチュエーションが大事だと力説してしまいました。

 翌日は成人式で前から頼まれていた細いお嬢様の着付けをしたのですが、みんな一緒に集うのだから同じように綺麗に可愛くするためいろいろ動画を見ながら研究、直前まであれこれ試行錯誤していました。大手のレンタル会社の着物を着付けるのは初めてで、全てが化繊だけれどよく出来ていて、ただ薄いなと思ったけれど当日は暖かい日で本当に良かったし、この日は私が緊張しまくって細い体にどれだけ補正したらいいか、どれだけ締めたらいいか考えながら、昨日の女の子の記憶や感覚とあまりに違うのに戸惑って意外と時間がかかってしまい、車の中で待っていたお父様には申し訳ないことをしたと反省しています。

 それにもかかわらず、いつもゲストにする会話をお嬢様として、食品科学を勉強し家ではうさぎとハムスターを飼っていて、好きなグループは「ミセス・グリーン・アップル」で、何と午年生まれだそうで、日本の20才の健全な可愛いお嬢さんの振袖を仕上げました。夫が傍にいると、話する暇があったら着付けを急げと言われるのだけれど、外国人の場合は特にこれをしないと後半戦が厳しいのです。でもこの細いお嬢さんにこの締め方でいいのか、綺麗なレンタル着物はどの位寒いかなどわからない事ばかりで、帰った後も猛烈に心配でした。

 テレビではたくさんの振袖のお嬢さんたちがうつり、みんな白いファーをしたままだしマスクしているし、今の子はヘアスタイル命だとよく娘が言っているし、何とか楽しく無事に終わることだけを祈りつつ、コロナ禍ではずっとできなかったのだから、よくここまで盛り返したものだと感慨にふけっていました。途中で写メを送ってくださって素敵なヘアスタイルのお嬢様がマスクしてファーをして写っていてとにかくお日さまが暖かく、それだけで祝福されているようで、そしてその時早蕨の和歌を思い出しました。若い命が萌え出づる春がめぐって来ること、その息吹を感じることができる立場に今いられる有難さ、失敗を繰り返し落ち込みながらなんとか前に進み、また失敗しながら進める、この試行錯誤も語り続けて行けばいいのでしょう。

 お嬢さんが好きだと言っていた若いグループの歌も、やはり試行錯誤を繰り返し、悩みながらそれでも自分を鼓舞して前に進もうとしているものでした。作家の幸田文さんのお孫さんの青木奈緒さんの「幸田家の着物」という本に”蕨の帯”というエッセイがあって、奈緒さんと結婚相手の家に行く時に蕨の帯を締めたお母さんの幸田玉さんは、蕨は宿根で葉は冬枯れしても根は消えずに、毎年春になれば同じところから芽吹くことからお祝い事に使われると教えてくれたと書かれてあり、アメリカの女の子と日本の女の子の成人を祝うために、蕨の水指はそこにあったんだとなんだか不思議な気持ちになりました。

 粗忽な私が高価な水指を落としてしまったことは忘れてはいけない失敗だけれど、それを謝りつつまた前へ進んで行かなくてはなりません。アメリカの女の子がナーバスになりながらうちに来てくれたこと、私が途轍もなく緊張して日本の女の子に振袖を着せたこと、全てが前に進むための財産になっていきます。