ワンピース

 エアビーの仕事を始めて一年位したころ、アメリカから大学時代の友達だという男女が四人来て着物を着てお寺の庭園を散策していた時、男の子たちが長い回廊ではしゃぎながら歌舞伎の六方のポーズをとって写メを撮っていて、私がその姿に驚きながら「何でそれを知っているの?」と聞くと、「マンガのワンピースに出ていた!」とひげもじゃの男の子が答えてくれて、私はその時不思議な気持ちになりました。日本文化をいろいろ紹介したいという気持ちがあるので、茶道(ティーセレモニー)華道(フラワーアレンジメント)の説明をしたり、歌舞伎や能を知っているかと聞くこともあるのですが、古い人間の私は歌舞伎座や能楽堂で見るものが全てだと思っていました。だから漫画の中で六方を踏む場面があり、それをアメリカの男の子が着物姿でお寺の回廊で真似をしながら写メを撮っているということが上手く飲みこめないで、そのままスルーして今まできたのです。

 それからもゲストに好きなアニメは何かと聞くと、ワンピースは必ず出てきて、愚かな私は洋服のワンピースが題名で、楽しい明るいファンタジーコミックだと思い込んでいたのですが、ウタの「新時代」を聞き、それが週刊少年ジャンプにて1996年から連載が開始され現在も連載中の少年漫画の新しい映画の主題歌だと知って、はじめてこのアニメが何か重大な意味を持っている気がしてきました。これは壮大な世界観の中で主人公のルフィが仲間たちと冒険を乗り越え世界の大きな謎に迫る海洋冒険ロマンで、この世界では海は一つなぎではなく東西南北4つのエリアに分断されており、行き来は原則として4つの中央を流れる海経由でしか出来なくて、海がこのような形になったのは800年前に世界で何かが起こったからだと考えられているのです。そうした世界観のため、いまだに未確認の国や島、人種、生物も多く、世界に多くの謎が残されていて、この謎が主人公の冒険を通して読者にも少しずつ明かされ、そのほか海以外にも、空、雲、月なども描かれており、こうした地球規模の描写が今後世界の謎とどう関係してくるのか期待がつきなくて、キャラ同士の相関、出来事の時間軸、国や島の歴史、世界の歴史、これらがきちんと主人公の冒険を軸に世界の謎につながっていく感覚があるのだそうです。ワンピースのキャラクタ―たちは「生き生きとして」「生きていて」「生命力を表現しきって」いて、喜怒哀楽を強烈に表し、全身表現で生命力を伝えていて、戦いの後の宴でも、とにかくよく食べよく飲みよく寝るのです。壮大な世界観や感情昂るドラマのなかで描かれるこれらのキャラクターの表情や動きは、一生懸命生きている彼らをを我々の心の中にも生きているものとして根付かせていて、ONE PIECE(ワンピース)では、人種、性別、時代、価値観の全く違う人間にとっても普遍で不変の感情である、友情、愛情、絆、誰かを思いやる気持ち、誰かが傷つくのが辛いと思う気持ち、誰かを慕う気持ち、を必ず物語の根底に織り交ぜています。

 ワンピースの世界における特別なテーマではないところがあるのも大きなポイントで、戦争、水不足、捕鯨、宗教・信仰の軋轢、人体実験、人身売買、人種差別、魔女狩り、薬物依存、毒物使用など、人類にとって過去から今までずっと克服できていないある種永遠の課題でもあるこれらを、作品の世界観にあわせうまく表現しています。特に、地震を起こす、噴火を起こす、凍らせる、雷を起こす、などの自然現象系の能力とその使用描写は、昨今の時勢においてはかなり考えさせられますが、これらの能力は、説明がなくとも読者に一瞬で凄さやどういうものかを理解させることができるという点でも秀逸です。そして「人種問題」「領土問題」「兵器問題」など今直面している問題も含め、800年前に起こった「空白の100年」という「語られることのない歴史」が紐解かれていき、その鍵となるのが「ワンピース」というお宝でこの歴史のお話をストーリーの主軸に置き、主人公のルフィたちが海や島を冒険していきます。その中で歴史というものの大切さや歴史が持っている負の側面を巧みに描いているのですが、100年間起きた出来事は「ポーネグリフ」という「絶対に壊れない石」に刻まれ、その石は現代の世界に散りばめられているけれど、ただしその文字は古代文字であり、現代の一般人は読むことができない、誰も知ることはない隠された歴史は、世界政府の上層部を除いてということなのです。

 世界で4億本以上売れているというワンピースですが、主人公が追い求めているひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れるということは、富・名声・力の全てを手に入れることだというけれど、いつの日かその数百年分の歴史を全て背負ってこの世界に戦いを挑む者が現れ、その宝を誰かが見つけた時、世界はひっくり返るのです。誰かが見つけ出す、その日は必ず来る。世界の真の姿を知り、その世界をとりもどすため一繋ぎの大秘宝(ワンピース)は実在する。

 

 横須賀から来たゲストのアシュレイの、好きな作家ジェイムス・A・ミッチェナーの「センテニアル 遥かなる西部」という古い本を図書館から借りて読んでいるのですが、アメリカの歴史を雄大に語る超大作ロマンで、先史時代より現代までのアメリカの発展の歴史が描かれていて、地球の誕生から始まり、恐竜やバイスンやビーバーの生態が物語のように語られているこの小説はまるで神話のようで、まだ人間が出てくる章まで行きつかないけれど、インディアンの歴史や生き様についても詳しくわかるだろうし、私の心の底に滓のように沈殿している「私はネイティブアメリカンなのです」という女の子のつぶやきについても、もっともっとわかるようになるのかもしれない。この本を今読むことは私にとって[Must]であり、それを教えてくれたのがゲストであるということが、私がエアビーの仕事をしている意味なのでしょう。

 去年の暮れに藤井風さんの「死ぬのがいいわ」という歌をテレビで見た時、これはもう近松門左衛門の世界だと思ったのだけれど、篠田正浩監督の映画「心中天網島」の映像のようで、自分の思いを何のためらいも恥じらいもなく差し出せるオーラは、世界で絶賛される理由なのだろうし、ワンピースにしても自分の芯や核があるからこそ二十年以上書き続けていられるのでしょう。それにしてもコロナウィルスという黙示録が提示されたあとのこの世界の混乱は必然であり、そこから漉されて浮かび上がってきた物語たちに気づけた有難さに感謝しながら、この寒い週末に来てくれる二組のゲスト達が何を持ってきてくれるのか、考えています。土俵は変わったけれど、私がそこに馴染むには時間がかかる。明日は111㌔のお姉さんと119㌔の弟君がアメリカから来ます。想像がつかずちょっとビビッて写真を送ってもらったら、クラブで踊っている楽しそうな二人が写っていて、これは息子が好きな世界だと気がつきました。またどこかで繋がっている。世界は広くて狭くて、複雑で単純です。