Cinderella

 アルバニアからのゲストの後に予約してきたのはニューヨーカー三人、全くキャラクターが違いそうでまたまた頭の整理がつかず、183㎝のボーイフレンドと弟君に何を着せようかと悩みながら、きっとイケてる男の子たちだろうからデニムにハットでブーツ履いてもらおう、女の子もレース付けたりできるかなとボディでイメトレしていて、ふと目をあげると玄関に背の高い目の細いアジア系の男性がこちらを見ているのに気がつきました。えー、チャイニーズアメリカンだったんだ、ロングヘアのおねえちゃんと、トム・クルーズの目を大きくしたようなアメリカ人のボーイフレンドと挨拶しながら、意表を突かれて混乱しているところへ早々と夫も現れ、男子二人の着付けを始めました。

 私は初めに目があった弟君がとても落ち着いていて老成して見えるので、お兄ちゃんと勘違いし、夫も彼に一番大きい着物を着せ、トム・クルーズ似のアンドリュー君にはデニム着物を羽織ってもらったら悲しそうな眼をして却下され、どうも伝統的な着物が良いようです。あとの大きめの着物は薄手で寒そうで、義父の着物も持ってきたけれどやはり小さく、それでは袴を付ければ何とかなると頑張って着せました。シャツが出ていても今はカッコいいけれど、なぜかそれは嫌な様で袖もまくりズボンもたくし上げ、清々しい姿なんだけれど袴も短くて、どうしようと思いながら、本人はそう思っていないし今日は水曜日で参道も人通りが少ないだろうから大丈夫?と見切り発車で出かけることにしました。

 お姉ちゃんはドクターで、一緒に暮らしているアンドリューの職業ははっきりせず、でも内気で静かで黙っているので色々話しかけると、アニメが好きで日本語も少し読めるというので棚にあった「鬼滅の刃」のコミック本を渡すと一生懸命読んでいて、時々夫にひらがなの読み方を聞きながら、内容はわかっているのでずっと読んでいます。こうなるとだんだん打ち解けてきて、ずっと前に来たピアニストのゲストと一緒で日本文学が好きといい、大江健三郎、三島由紀夫、川端康成が好みで、村上春樹は「海辺のカフカは読んだけどあんまり…」と話が弾んできたのですが、なぜか中国の姉弟は全く口を出さないでいます。

 可愛い写真を撮るのが趣味の弟君には仏教彫刻もお寺も山本亭もピンと来なくて、雨も降ってきたし酒好きだという彼らのためにつまみにイナゴと小女子を買って早めに帰り、お燗を付けて待っていた夫と乾杯したら、姉弟は顔が赤くなってほろ酔い加減ですが、アンドリューは強くて何でもこいのようです。正式のお茶会では食事をしながらお酒も頂き、その後に抹茶を点てるので、これが正解だと説明しながらティーセレモニーをして、小さいお団子も食べ、アンドリューとお姉さんがお茶を点てて終了、二人とも上手でした。21歳の若い弟君にはちょっと退屈な体験だったかなと思いながら、節分の時豆をいれるのに出した木のマスをプレゼントし、残った佃煮も包んであげましたが、面白かったのが着物を脱いだアンドリューが突然無口になり、来た時と同じように寡黙でおとなしい男の子に戻ってしまったことです。シンデレラではないけれど、12時になり魔法が解けてしまうと、全てがもとの姿に戻ってしまうのかしら、歌はフランク・シナトラ、好きな画家はモネという超クラシックな彼はボスのチャイニーズアメリカンのドクターと一緒に暮らし、静かに時を過ごしているようで、でも鬼滅の刃や川端康成が好きだということは、心の底に深い透明な何かが沈んでいるのかもしれません。

 最近の男女事情というのは複雑で変わっているとつくづく思うけれど、国によって民族によって見える風景がずいぶん違うし、だからなぜ一緒にいるかという理由も様々でしょう。アンドリューは一人でも私の体験に来るタイプかもしれないし、ずっと前来たピアニストの男の子が私はそれぞれのゲストの中の何かを見つめるためにこの仕事をしているとレビューに書いてきて、互いに見据えるものは同じなのだなと思います。あまりはじけない時はどこかで巻き返そうと私は頑張りますが、彼が黙っている時でも何かを見ようとしているのであればそれは私も同じだし、要するに私はいつもゲストと真剣勝負をしているのです。それが続いて息苦しくなった時は、夫が軽い話題で和ませてくれ、そして最近は熱燗を飲むようになって、それからのティーセレモニーの流れはとてもスムーズで、伝統の世界というものの有難さをつくづく感じています。

 12時になって魔法が解ける前に慌てて帰ろうとしてシンデレラはガラスの靴を落としていきますが、私のうちにはゲストが落としていったものがたくさんあります。コロナ後日本に旅行に来て、観光するところはたくさんあるのに、半日つぶして東京のはずれのこの街に来るんだからすごいもんだなあと夫は言うのですが、着物を着る体験はほかでもたくさんあるし、京都や大阪や浅草で着物を着たと写メを見せてくれるゲストもいます。時々ここは村か?と聞かれるこの街へきて、静かなお寺を案内して、いろんな話をする、相手の事を知ろうと色々努力しながら過ごしていると、ゲストは何よりも愛おしい存在になるし、いろんな問題を抱えているのかもしれないけれど、それは私も同じだよということを一番伝えたいのかもしれません。

 「彼女はLGBTにとてもフレンドリーだ」というレビューをもらった時、かなりびっくりしましたが、確かに私はそういうことも言っているし、仏教彫刻の前では宗教も民族も出自についてもいろいろ話合うことを何百回もしているけれど、沢山のゲストと話すたびに私の感情は複雑になっていきます。狭い日本の国で十年余り仏教彫刻をコツコツ彫り続けてきた彫刻師の努力と熱情は、宗教が違えども何かを考えさせてくれる、インド人のククー君に埃だらけで汚いとか中国の模倣だとか散々けなされた時はへこんだけれど、でもやはりこの彫刻たちはこの街に住む人々の誇りであり、一番これを見ている私が一番ゲストに見せたいものなのです。

 アンドリュー君は何を思ったかわからない、でも着物を着て袴を履いて柴又を歩いて居た彼は、シンデレラのように違う世界にいて性格も感情の吐露も違うものになっていたのでしょう。お酒が強い彼は着物を着たまま盃を重ね、袴を付けてそのまま静かに抹茶を点て、全ての体験を終えて着物を脱いだ時、元の自分に戻ってしまった彼ですが、それでも何かを落としていった気がします。みんなで撮った写真の中で、ただ穏やかに笑っているアンドリューにあげた鬼滅の刃の本の題名は「己を鼓舞せよ」でした。

 ここで止まっていてはいけないんだよ、アンドリュー君。