久留米絣

 このところ予約が増えてきて、土曜日はスイスの女の子とオーストラリアから来たハーフの女性で、会うや否やふたりで留めなく喋り始め、最近こういうケースが増えてきたのを感じています。スイスのイリスは地味好みで、華やかな色に興味を持たず棚の奥にあった変わった模様の小紋をえらび、帯も白がいいようなので私の秘蔵の金糸で菊が縫い取られている白地の名古屋帯を締めました。髪の毛もずいぶん悩みながら結い上げたのですが、オーストラリアのクリスティーヌが簡単にアップにして七五三用の髪飾りを付けたのを見て、真似して同じようにするのが可笑しくて、それから見ているとショールも毛皮から地味なマフラーにしたり、女心はやはり張り合ってしまうのでしょう。スイスのドクターのお嬢さんのイリスは箱入り娘なのかしら、とにかく見るもの聞く物みんな珍しくて、柴又に行ってもあらゆるものに感動していましたが、だんだん写真スポットに近づくと、互いに写真を撮り始め、いつ果てるともなくシャッター音が続きます。刻々とポーズを変え、表情を変えるイリスはモデルのようで、それが全部綺麗で私もたくさん撮り、専属カメラマンと化したクリスティーヌと延々と撮影し続けました。途中でイケメンのロン毛をたらした恰幅のいいイタリアの男性が二人、前身頃にインパクトのある模様の素敵な着物を着ているのに出会い、私は頼んで一緒に写真を撮らせてもらいました。こんな着物を着せるお店があるんだと傍にいた日本語のうまい外国の方に聞くと、根津のお店で借りたとのこと、娘に見せたい図柄でした。

 お土産を買うのに手間取り、五時近くに家に帰り、急いでティーセレモニーをしましたが、グルテンフリーでお菓子が食べられないクリスティーヌは前の電器屋のおじちゃんの差し入れの焼き芋で抹茶をいただき、二人とも上手に点ててくれましたが、スイスで日本の茶道の先生が入れたお茶を飲んだことがあるというイリスには、柄杓から茶碗にお湯を注いだ時の音とか、抹茶を茶杓で茶碗に入れ、湯を注いだ時にふっと香る抹茶の香りとかいろいろ話し、感受性豊かに反応するのは外国人ならではと思うのです。

 帰りのおみやげタイムではイリスは羽織を選び、日本人のお母さんが福岡出身だというのでクリスティーヌには熟考の末、とても変わった柄の久留米絣の単衣を持って行ってもらいました。これは三回私は着たことがあるのですがなかなか難しい柄で、それこそお寺で会ったイタリア人の男性が着こなすかもしれない、クリスティーヌの旦那様はイギリスとイタリアのハーフと言っていたから、この日本の伝統の久留米絣をワールドワイドに広めてくれる可能性があるのです。

 知性と情熱を兼ね備えたイギリス人の着物愛好家のシーラさんが考える、着物の世界は計り知れないものがあって、私たち日本人がこうしなければならないと縛られているものは、高々何十年前の規範に過ぎない、何よりも自由で、何よりも生き生きしていて、何よりも着物を愛し、文化や自然や人間一人一人を大事に愛しているか、その根本を私は時々忘れてしまいます。たくさんの外国人にこれまでうちにある、沢山の着物を着せてきたことの意味は、彼らの心に、感性に何を残せたかということでした。シーラさんが前にやった仕事で、細雪の時代背景や有馬の地域性、自然を考えながら“こいさん”役の現代の可愛い女の子にふさわしい着物を選び、スタイリングしていったことが、着物の世界をいかに広げていくかという命題の解答になっていることに気が付いたのですが、イリスが選んだ小紋も、自分をスタイリングしてできたものなのです。

 クリスティーヌのお母さんが久留米絣を見て驚き、とても喜んでいたと後で送られて来たレビューに書いてあって、おかあさんの旦那さんは外国人で異なった価値観を持つ同志だったでしょうが、その娘のクリスティーヌのアイデンティもむずかしいものなのかもしれないけれど、その多様性を認め時間をかけて理解して独自の文化に取り入れていくことが、日本の文化を発展させる根幹になるのかもしれない、ジェンダー的な固定観念に右往左往する現代人だけれど、洗練された男性性、女性性はエネルギーとなり時代を動かす鍵となる。そして私が今強く実感することは、純粋な日本精神の中に新時代を開くポテンシャルがたくさん宿っている、あらゆる偏見や差別意識は外側から刷り込まれたもので、日本の土地に刻まれている愛の智慧や寛容な精神を呼び覚ますことが大事なのでしょう。帝釈様のお寺の仏教彫刻は、お経の言葉の説明だとずっと思っていてそれに囚われがちでしたが、本当はそうではなくて、彫刻した職人さんたちの生活や生き方が反映されたもので、私たちは今を生きる何かのヒントや支えやきっかけとしてそれを見て行けばいいのでしょう。

 優れた日本の文化である着物を着て、仏教彫刻を見たり、抹茶を点てるゲスト達の喜びにあふれた姿は、ひたすら純粋です。それが全てだとおもっています。