Robert

 厚木にいるお孫さん達に会いに、初めて日本を訪れているロバートが、一週間日本に居る間に二人の女の子の孫を連れて着物体験をしたいと日にちのリクエストをしてきました。最近予約が増えてきて、連日はきついけれど火曜日に予約日を設定したものの、なかなか予約してくれないので、私は他のゲストが予約する可能性もあるから早くして下さいと催促したり、四人の予約者の情報も直前まで送ってくれずはらはらしていて、おじいちゃんは張り切っていても孫は乗り気でない場合も前にあったし、厚木から1時間半かけてくるのは大変だから、遅れることも想定しながら、12歳と8歳の女の子の着物を用意してシュミレーションをしていました。

 おばあちゃま、お母さん、女の子二人着物を着せて柴又まで行けるかどうかもわからず、外へ出るのを嫌がったらうちで写真だけ撮ればいいと思いつつふと外を見ると、30分早く現れた長身のロバートと華やかなコートを着た若いおばあちゃま、黒い上着を着た小柄なママと二人のお嬢ちゃんがいて、どこかお店で時間をつぶしたいらしかったけれど、あいにくここら辺は洒落たお店はないので、どうぞここでくつろいでくださいと待合室に入ってもらい、子供たちは自動販売機のリンゴジュースを飲み大人たちにはお茶やお菓子を出していろいろ観察しつつ、これからどういう風に進めるか考えていました。

 ロバートは六十代、190㎝くらいあって政府の機関に勤めていて沢山の言葉が話せ、写真を撮るのが大好き、奥様は華やかで細くて小柄、娘さんだと思っていたらお嫁さんだったもっと小柄なママは40歳で5人の子持ち!海軍の長身の旦那様が12か月の末っ子さんと男の子二人の面倒をおうちで見ているそうで、それにしてもよくまあロバートが私の体験を見つけて予約してきたものだと感心してしまいました。12歳の長女さんはピンクが好きで、うちの娘たちの七五三の着物の肩揚げをとったものが良く似合い、金箔の刺繍が入っている正絹の上品な着物がぴったりでした。髪の毛はママがしっかり結い上げ、髪飾りを付けて女の子たちは終了、若いおばあちゃまもママもピンクの訪問着を選び、写真を撮り続けていたロバートも着物が着たくなったというので、特大のアンサンブルを着せて五人着付け終了、思ったより早く終わりました。

 夫が先に着付け終わった孫ちゃんたちととロバートを二階に連れてしばらくして下りて来て、床の間の前に正座した可愛い二人の写真や鎧と一緒のものも見せてくれ、何と夫まで一緒に写っているので私は笑ってしまいました。ジャパニーズカルチャーが詰まった二階の仏間の人形や写真や寄せ書き日の丸や様々なものを、ロバートや孫ちゃんたちはどんな目で見たのかと思いますが、みんな着せて柴又も行けたしお寺も仏教彫刻も見てもらったし、ロバート好みのユニークな写真もたくさんたくさん撮ったし、ティーセレモニーもできたし、よくぞ全部できたと我ながら感心してしまいました。教育関係の仕事をしているママは地味だけれどしっかりしていて、おばあちゃまはこっそり「お菓子は絶対食べさせないのよ」と言っていたから、どこでも嫁姑の微妙な関係はあるのかもしれないけれど、でもお嫁さんの方が強いのかなと私はこっそり思っています。

 ラストに着せたママと話をしていたら、ママはアイルランドの血をひいているそうで、質実剛健、小柄で働き詰めに働く質素なイメージ、おばあちゃまはスウェーデン生まれのお母様をお持ちで、アメリカンファミリーという感じがしないのはそのせいかと感じるし、長女のお姉ちゃんの沈着で静かなたたずまいは着物姿をより引き立たせ、柴又でも随分注目されました。最近は4,5人着付けるとかなり体力を消耗するので話をあまりしないのだけれど、その代わり表情の変化にはとても敏感になり、このお姉ちゃんが着物を心から楽しんでくれていることがよくわかるし、帰る時もずいぶん振り返ってこちらを見ていたよと夫がチェーンを閉めながら言っていました。ロバートに最後お茶を点ててもらってお嫁さんがそれを飲んで「ごちそうさまでした」と言って体験は終了したのですが、あとで片付けていたらママの使った懐紙の下にお札が2枚あって、直接渡されると私は断っているから、そっと置いてくれたんだなと思って感慨深い気持ちがしました。

 最後私はロバートと強引にハグしたのだけれど、本当によくぞここまで来てくれたものだと思います。ママが一生懸命5人子供を抱えて生きているように、私も必死で生きているのだけれど、一期一会の四時間、私はずべてを差し出して、みんながいろいろなものを与えてくれて、それを活かしてまた私は次のゲストに何かを差し出していくことをずっと続けて行けばいいのでしょう。しっかりした長女さんの心の中には、絶対この体験が刻み込まれたと思うのは、最高級の着物を着ているという意識や、積み上げられた文化というものがどんなに自分を幸せにしてくれるかを、はっきり感じている事です。

 私たちはただ与えられる人生を送ってはいけない、自分が何かを与えられる力を持たなければならないのです。次の日に来た賑やかなドイツ人二人とアメリカの美容師さんとオーストラリアの長身の美人さんを仏教彫刻のエリアに連れて行った時、お父さんがトルコ人というハーフのドイツの女の子が、宗教の力がなくても私は強いから大丈夫と言っていて、結城紬に金色の帯を締め、帯揚げと帯締めは赤なので何故と聞くと、パワーをもらえるからだそうで、彼氏はガーナ人、とても優しくて思いやりがあると写メを見せてくれました。初対面同士でも四人はとても仲良くなり、そこへ夫も入って笑いさんざめくのを聞きながら、私は必死で高身長高体重の三人に着物を着せながら、なぜ大きい子は小さい着物を選び小さい子は大きい着物を選ぶのか不思議に思いながら文句を言うと、覚えたての日本語で「頑張って」エールを送ってくれるのです。

 70㌔、85㌔、体重は書きたくないだろうけれどどの長襦袢を使いどの和装下着を使うか瞬時に判断しなければならないし、下のジーンズを脱がなかったり、写真を撮るときも撮られる時もあり得ないような動きやポーズをとるゲスト達を見張りながら、時々完璧な着付けをした日本女性が表情を全く動かさず静かに歩いて居る様を見て、崩れなくていいなと思いつつ、つまんない…とひそかに感じてしまうのです。それにしても結城紬や沖縄紅型模様のちりめんの着物を着ているゲストはやっぱり素敵だし、通りすがりのおじさんに「ぶっといな」とつぶやかれたりするけれど無視してみんなを見ていたら、なんと三人が私の着物や長襦袢を着せているし、草履は全部私のサイズのものです。

 自分のものをひとに着せるなど考えられないと言われたことがあり、自分が美味しいものを食べいろんなところへ行き、自分の着物や洋服は自分だけが着て、それが幸せだと言われればそうですねと答えます。でも私や夫の感覚は違うのです。自分を差し出して人が幸せになる表情を見るのが一番うれしい。天変地異、これからなにがおこるかわからない時、何で私だけが不幸になるのと思うのでなく、不幸な立場にいる人でも幸せだと思えるシチュエーションを作り上げていきたい、本当にゲストは多種多様でいろんな国から来て、色んな血をひいています。

 昨日最後に来たふっくらした美容師の女の子は、一人だったけれどすぐみんなと馴染み、夫と着物の選択をしながら楽しそうに笑って、挽茶色の私の紅型の小紋を選んでくれたのでホッとして着付けていると弟君はとても太っていると言って、そういえばこの前は123㌔の女の子も来たし、結構菜食主義だったりしているのに体重はなかなか落ちない、でもそれでも着物を着て見たいと私のところに来るのです。着物が無理だとわかると、次はお茶を飲んで話をしに来たい、そんなレビューももらうようになりました。

 一人一人のキャラクターがとても色濃くなり、目が輝き、初対面同志仲良くなる、昨日のドイツ組とアメリカの美容師さんは新大久保のコリアンタウンへつるんで行き、オーストラリアの若妻は夫と弟くんが待つ東京ドームへ、オーストラリア対キューバ戦を見に行くというので、柴又で買ったお煎餅を旦那さんにあげてよろしくと伝えてと言ったら、あとで東京ドームでそれを食べている三人の姿の映った写メが送られてきました。着物はツールです。新鮮な体験、お寺を案内し、庭園や仏教彫刻の前で写真を撮り、いろんな話をするというシチュエーションを私はただ提供し、それに応えてくれる若者たちと、そしてロバートのような年配のゲスト。

 これからなにがおこるかわからない世の中で、やはり一瞬一瞬を大切に生きて行かなければならない。夜中に足がつって痛くて痛くて目が覚めました。毎日毎日ゲストが来ているけれど、お彼岸に入るとお墓参りもお寺にも参拝に行くので少しスケジュールが楽になります。最近はたくさんのゲストが仏壇にお線香を上げてくれているのを、ご先祖様は何と思っているのでしょうか。私はひたすら有難いと感謝しています。