加賀友禅とオーストリアのママ

 予約や個人のお客様の着付けが重なっているのだけれど、お彼岸がすぐなので電車に乗って昨日お墓掃除に行ってきました。夫は歯医者さんの予約が入っているので行かないから車が使えず、最近歩き過ぎで夜中に足がつるのが怖いけれど、曇り空の八柱霊園を延々と歩いて居ると、なんだか妙に落ち着いた気持ちになります。向こうにうちのお墓が見えてきて私は急に嬉しくなり「こんにちは」と近寄ると、荒れ放題の隣のお墓に霊園の係の方が来ていて、そこの墓誌を書類に写し取っているので挨拶すると、「そのうちここの草を刈り取ります」と教えて下さいました。

 あとでその墓誌をそっと読んでみると、先に四十代の男性の名前がありそのあとに八十代のご両親が亡くなられたようで、そうなるとお詣りできる方が途絶えてしまうのも仕方がないのかもしれません。春先なのでまだ雑草もそんなに生えていなくて、午後から三人着付けるので手を痛めないように軍手をはめて小さい草を抜いていた時、ふと妙な気持ちになりました。3・11の日に宮城のmorgueだった体育館でスケートをした羽生選手が、氷の下に眠る沢山の魂の存在を感じていたように、お墓の周りに生えている草たちもこの墓所にある、すべての魂の表れなのかもしれない、何十年も百年以上もたっているけれど、魂たちは浮遊してお空を自由に飛んでいて、地面に降りて草や花や木々を茂らせ、そして笑いさざめきながら遊んでいて、なんだかその光が、温かさが感じられるようなきがしてきました。

 帰り道も頑張って歩いて、お昼ご飯を食べてから少し横になっていると、これからゲストを連れてくるとラインが入り、待っているとオーストリアからの家族三人と日本人の民泊ホスト夫婦がいらして、私はオーストラリアとばかり思い込んでいたので日本語が達者で芸大で修復学を学んでいるユリアと両親がドイツ語で会話しているのと、お顔つきがドイツ系なのに驚きつつ、ホームタウンはどこかと聞くと、スイスとオーストリアとドイツの交わる接点のBregensという街で、近くの湖は「湖上オペラ」で有名なのだそうです。

 思ったより大きくないなと感じながらそれでも全員170㎝以上なので私の着物を並べておいた中から、私より二つ若いママが選んだのは、リーマンショックで呉服屋さんが閉店した時8割引きで買った百万円以上する作家物のモダンな訪問着で、これを選んだのがオーストリア人なんだと感慨にふけりつつ、私サイズがぴったりで帯も長襦袢も草履も全部私のものを使ったら、素晴らしい着物姿になりました。若いユリアはピンクと挽茶色の混じった訪問着に紺地に金色の竹が力強く生えている帯を選び、ちょっと肌寒い中五人で柴又ツアーに出かけ、残った私は片付けてから仏壇を掃除し花や果物やお菓子をお供えしてお彼岸の準備を終えました。

 このお彼岸という仏教行事の節目の時に、オーストリアから来たママが私の秘蔵の着物を着てくれたことに何かの意味があるような気がしていたのですが、帰ってきたホストの奥様が言うには参道でも駅でもいたるところで声を掛けられ、「粋に着てますね、あら外国人だったんですか」といわれたというのに私は笑ってしまったのですが、その手描きのモダンな模様は日本人の私にはそぐわなかったと思うのだけど、家族でバイクを乗り回し、家からは湖上オペラの”マダムバタフライ”が聞こえるというヨーロッパのゲストが加賀友禅作家 久恒俊治さんの、花鳥風月ではなくモダニズムに溢れた奇想天外な模様の着物を着こなすという不思議さと、世界がめぐり回って動いていてそしてとても温かい風景が繰り広げられているのを、この街の人々が見て下さったことに深く感謝したのです。

 

 神様の計らい、仏様の思し召し、宇宙の不思議。着物と一体化してしまったママは、着物を脱ぎたがりませんでした。