希望

 昨日は彼岸の入りでしたが朝から雨が降っていて、一日降り続くという予報を見ながら、四人来るゲストをどうもてなそうかと私は悩み続けていました。大人数なので車で行けないし、ある程度写真を撮るのなら帝釈様の庭園しかないけれど、雨も吹き込んでいるし回廊は濡れているだろうし、だんだん気持ちも滅入ってきて、疲れも溜まっているし気持ちが淀んできます。でもお彼岸に入って、天が見守ってくださるのだから、それを感じながら仕事をしようと思って、久しぶりに暖房を入れて部屋を暖めていると、先に現れたのがルーマニアからの若いカップルでした。ヨーロッパのゲストが続きますが、静かで落ち着いている二人に桜の模様の付いた湯呑茶碗にお茶を入れて勧め、体格の良い彼には大きいサイズの着物、彼女はピンクの着物に白い鶴の帯を選び、選択がとても速いのに感心しつつ、着つけました。

 ゲストに前もって身長体重をきくのだけど、イレーナは彼がいつの間にか体重が2キロ増えた、と最後のメールで伝えて来て、私には理解できないとあるからユーモアのある子だなと思っていたのですが、そういえば三年前にガールフレンドと来たハンガリーの男の子も、トイレに行きたいから着物を脱がしてくれなどと言われ、笑ってしまったことがありました。東欧はよくわからない国だけれど、ちょっと感覚が違う気がして、あとから現れた香港の50代と30代の夫婦の方がわかりやすく、注文は多いしお煎餅を食べながら着物を見ているし、なかなか選択できないし、夫はちょっと諦めてルーマニアカップルの写真を撮り始めました。全員着付け終わっても雨は止まず、皆しっかりしたスニーカーを履いているので雨の中を歩いても大丈夫と判断して、女性には雨ゴートをきせ着物に靴を履き、回廊を歩くためにスリッパを持って柴又に向いましたが、降りしきる雨では参道も人出が少なく、とにかくお寺の中へ入ったけれど誰もいません。でも写真を撮るいいスポットはたくさんあるので、濡れないように注意しながら二組ともたくさん写真を撮り、特に香港カップルは延々とポージングを続け、スリッパ履いているから足元も大丈夫だし、彫刻エリアも見てもらい、「阿吽」の説明をルーマニアカップルにしたら彼氏がいたく感心してくれ、その言葉を聞いて私はやっとホッとしました。

 夫は刀を持ったり扇子を持ったゲストの写真を撮ったりティーセレモニーを楽しく説明したり、たまには日本酒で乾杯したり和ませ、私ははるばるこんな遠いところまで来てくれて、慣れない着物を着て雨の中歩き回ってお寺へ連れて行った時みせるものや説明する内容で、何で私がこの体験をやっているかを少しでも感じ取ってほしいと思っています。コロナ禍では全く動けず、やっと今旅行にも行けるようになったけれど、新聞を見ると近々中国のトップがロシアを訪問するとあり、危険な火種はいつ暴発するかわからないのです。そんな中でどうしたらいいかと考えると、自分自身が喜びをもって自分を磨き続けてくことが大事で、人間は魂を磨くために生れてきたのだから、自分のやっていることを通して人々にそういうものを感じてもらえるようにするのが私たちの仕事だというバレリーナの森下洋子さんの言葉が身に染みました。大震災も、その出来事をくぐり抜けて生きた場合、その出来事にどういう意味を見出していくかということ、自分で選んで自分で意味を創っていくのが人間のできることだというのです。

 結局、人間は孤独な単独者であり、死を恐れる不安な存在です。世界トップの国を牛耳る支配者であっても同じでしょう。それらを忘れた時、人は付和雷同し、その自らの意志を捨てるというのです。何かを作り出そうと努力することは、作り出すことがその人の性<さが>であり、生きて行くアイデンティティであって、でもその作品を見ることにより救われる人がたくさんいるし、その人の考え方や想いが与える影響力も強いのです。生きづらいこの世の中をいかにして生きて行くか。これからも続くであろう様々な困難の中で生きる希望はどこにあるのか。それは何かを目指して、前に進もうとする原動力を持つか否かだと思う。皆と同じように生きられなくて苦しんでいる時は、先も見えなくて、自分だけ取り残されてしまう恐怖しかなかったけれど、でも今は自分の前の道を開いていけば次の人も進んで行けるとわかります。一番大事なのは自分の中にどれだけの抽斗や積み重ねがあるかということだけれど、でも頭の中に、心の中に、沸々と湧き続ける感情があり、思いがあり、外に出たがっているのだからその方法を考え続け、紡ぎ続ければいいのです。

 香港から来たゲストが柴又で買った草団子を帰り際夫に渡してくれ、お彼岸だし仏壇に供えてお線香を上げながら、香港のゲストのギフトですよと手を合わせて報告した時、私はしみじみ嬉しくて、そしてこういうことが生きていく希望になるのだなと思うのです。希望とは人の想いであり、思いとは希望なのです。

 今日は雨が上がりました。アメリカ人のゲストが来ます。 あの雨の中でも、体験を楽しみ私たちに沢山のギフトを与えてくれたゲスト達に感謝するとともに、私ももっともっと頑張って、引出しの中味を増やし、希望というギフトを届けられるように努力していきます。