オレゴンのママ

 毎日雨が続きます。今日は9時から大学の卒業式に出るお嬢さんの着付けがあり、近くのお煎餅屋さんから戴いた黒地に金の模様が連なる重厚な大振袖を着せるのですが、雨コートにブーツで行ってもらうことにして、秋田からいらしたご両親と一緒に写メを撮り、無事出発した後、午後から四人のゲストが来ました。170㎝が二人、90㌔が一人、何とか着せて、コートを羽織って柴又へ行ったのですが、霧雨程度なので皆草履を履いて、電車に乗りました。昨日鎌倉に行ったという横須賀で働くレイチェルと、初めて日本に来た私と同じ年で体型も一緒の、ショートヘアのママとの写メを見ると、大仏様や可愛いお地蔵様や綺麗な花や竹林などカラフルな素敵な写真がたくさんあって、正直帝釈天はダークな色合いだし、ママの気持ちが盛り上がるかとふと不安になりました。

 日本にはじめて来て、慣れない着物を着て、寒い中歩かせるのは、補聴器を付けたママには辛いかしらと思って、すぐにお寺の中に入り、庭園のグッドスポットを教えてたくさん写真を撮り、花の好きなレイチェルは素敵なアングルでママを撮っていたので、鎌倉ではジーンズに白いジャケットだったけど、今度は薄い明るいブルーの花の咲き乱れた訪問着に金茶の花模様の帯を締めて、すらっと姿勢の良いママはとてもとても素敵でした。びっくりしたのが彫刻エリアに入った時のママの反応で、好きな画家はクリムトで、自分も手芸が得意で大小さまざまな作品を作っているという彼女は、端から端まで細かく彫刻を見ながら、レイチェルや25歳のシンガポールから来た背の高い英語の大学の先生のジョイと熱心に話し込んでいます。

 扉に彫られた十二支の彫刻を見た時も、これは彫ったものを後で付けたのか、扉に直接彫り込んだのかと聞いてきて、彫刻をする身内もいるようでした。こんなに丁寧に仏教彫刻を見るゲストは初めてで、近くで見ていた日本人の方がずいぶん埃っぽい彫刻だと前に来たインド人のゲストと同じことを言っていて面白かったけれど、ママは彫り方とか仏教の内容とか見る目が違くて、知的なシンガポールの女の子も触発されていました。チリから来た看護師さんのマリアは、かなりふっくらしていて着る着物がみんな小さくて私のお茶の模様の訪問着を着たのだけれどなかなか前が合わず、申し訳なかったのですが、日本文学に詳しく、明るくて話好きで、自分の世界をしっかり持ち、ぜひチリに来てくれと言いながらチリワインと国土のマグネットをプレゼントしてくれました。

 文化とは何だろう、と思ったママの反応でしたが、七月に来るゲストからメールが来て、彼女のパパは日本人なのだけれど若い時にアメリカに来て一度も日本に帰ったことがないとのこと、初めて日本に来る五十代の娘さんと孫の女の子も含めて日本文化に触れられることに興奮しているとあります。本当に私は考え込んでしまう、何が文化だろうか。レイチェルの写真には鎌倉の大仏様とツーショットのママや、可愛い民芸調のお地蔵様が沢山写っていたけれど、こういうあと付けの文化には「可愛い」としか語る言葉がない気がします。初めて会ったママが、真剣に私の目を見ながら仏教文化や彫刻の美しさ、精緻さについて語る姿を見ていて、アメリカに帰ったらまた創作意欲が湧いていろいろ作り続けるのだろうと思うと、いい人生を送っていくのだなあ、同じ午年の私も頑張らなくてはと触発されます。今日のゲストは自分の好みややりたい事や姿勢がはっきりしていて、ママ以外はみんなシングルだったけれど、最近はそんなことどうでもよくなってきます。

 日本の文化とは何か、私がここへ何百回も来て考え続けていることに、外国のゲストは真剣に応えてくれて、自分の文化を見せてくれる、こんなうれしいことがあるでしょうか。帰りのプレゼントは、ママは綺麗な水色の羽織を選んで持って行きました。私のやらなければならないことを、私はやっていきます、オレゴンのママのように。