意味のあること

 何でこんなに雨ばかり降るのでしょう。連日やって来るゲスト達は午前中上野を巡ってきたらしく靴に桜の花びらが付いています。

 

 十分前にやって来たフランスとベトナムのゲストは別々に歩いて来て、うちの前で止まってスマホを見ているので声を掛けて招き入れましたが、明日フランスに帰るというマリーはしっかり黒の冬のコートにマフラーして帽子をかぶり眼鏡にマスクで、完全武装です。カリフォルニアに住む学生のミヨンちゃんはベージュのスプリングコートに素足にヒールの靴で、ロングヘアの細い女の子、フィギュアスケートをしていて羽生選手の大ファンでした。

 アメリカ人の二人のゲストは遅れるというので、先に二人に着物を選んでもらったら、フリーのアーティストだという五十代のマリーが何と昨日卒業式で袴の上に着た黒地に金の模様の振袖が気に入り、羽織ってヘアメイクを始めてしまい、川越でカラフルな着物を着たことのあるミヨンちゃんはグリーンの花模様の小紋を着てたけれどもっとカラフルなのがいいかと、二階から振袖をたくさん下ろしてきてくると、遅れた二人が到着、もう今日は全員振袖で、雨がひどくなってきたのでお外は出ないでいようと決めたら、なんとなんとマリーとミヨンは長考の末小紋に変更、この時点で選択に付き合っていた夫は疲れ果ててしまいました。

 アメリカ人のクリスとテイラーが振袖を選んでいる間に、小紋を着付けた二人の写真を撮って刀や弓でポージングしてもらうと、夫はギブアップして三階へ退散してしまい、はるばるここまでやって来たゲストがうちの中でどういう体験をしたら喜んでくれるか私は必死で考えながら、黒の大振袖と赤の大振袖をアメリカの二人に着せ、沢山の着物の選択や肌触り、帯や帯揚げのチョイスを楽しんでほしいと思っていました。退散した夫の代わりにマリーにカメラマンになってもらい、振袖を着たゲストの写真を撮ってもらったり、全員着せてから待ち時間が長いマリーのためにすぐに二階へ連れて行って、鎧や仏壇、神棚、床の間、障子、タンスなど見に日本家屋体験をして、皆にお線香を灯して鉦を鳴らしご先祖様に挨拶していただきました。

 それから夫も回復したのでティーセレモニーをして全員がお茶を点てて、ポテトチップスをつまみながら日本酒で乾杯、私がその時いなかったので[for wife, for life]とアメリカ人のクリスが音頭をとってくれて、その時から何か流れが私の中で変わっていきました。このアメリカのクリスとタイラーは何か私を知っている気配があり、これはずいぶん前に来たオーストラリアのキャサリンの時のも感じたものです。遠く離れた異国の地の女の子たちが、私を知っている、既視感。お寺に連れていけなかったとか、庭園や仏教彫刻を一緒に見なかったとか、そういうルーティーンをこなせなった時、どうしたらよいか。こうしなければならないと思い込むのも欲でしょう。

 四人の女性を着付けている間も雨は降り続け、そういう時、一人で先に来たゲストが時間を持て余すのが一番つらくて、そこに気を取られると最後に着付けたテイラーの写真を撮る暇がなくなる、柴又に行く時はもっとタイトなスケジュールになり私はへとへとになるけれど、それの方が時間が持つ、フランス人のマリーは明日日本を立つので帝釈天を見せてあげたかったけれど、洋服で一人で行ってもいろんな話はできない、凄いジレンマの中で、何にも頼れない状況なら、ただひたすら着物と日本の文化の事を考えよう、それを持った自分を出せばいいと思って時間をかけました。 

 クリスにはいろんな写真を送ってもらっていて、特にカナダの近くに住むおばさんとのスリーショットが印象的で、何メートルも雪の降り積もるという標識の写真は凄かった、色んな説明の文章も心に残っていました。様々な人生があって、様々な国があって、様々な思いがありますが、はるばる日本に来て実際に会ったとき、私はいろいろなものの意味を分かってもらいたいと思います。着物の肌触り、質感、お茶を点てるときの湯を注ぐときの音、抹茶に湯を注ぎかき混ぜる時にふっと感じる香り。文化や着物は、その人の人生をひと時輝かせる目的になりうることを願います。

 4時間という一期一会のひと時。二度と会うこともないでしょう、でもマリーの「私は今もこれからもずっとフリーで、楽しく生きているの」という言葉、羽生選手の事を語りだすと止まらないミラン、お線香を仏壇にあげていないからともう一度二階に上がってくれたテイラー、時々私が言葉がわからない時があったけれど、いつも優しい視線をくれるクリスは、洗面所の敷物に書かれてある[Clover does always bring good luck]という言葉にも反応してくれて、この女の子(奥さんでした)は何かを知っている気がしてなりません。着物にも、茶道にも、風景にも、自然にも、すべて意味がある。このところ本当にたくさんのゲスト達がやって来て、着物を着てくれるけれど、それもみんな意味のあることで、そう、いろいろな意味を私に教えてくれるのです。私がゲスト達に何を差し出せるかでなく、ひたすらゲストの差し出してくれるものを受け取ればいい。クリスが差し出してくれた温かさを、そっと思い出しています。