産経新聞を止めて 2024年3月18日

日曜日の日経新聞を読んでいたら、野中郁次郎一橋名誉教授のインタビュー記事が載っていて見出しが「企業の失敗、野性喪失から」「数値偏重では革新起きず」「共感を重んじ知を磨け」というものでした。自分が年を取ってくると新聞記事を書くのもみんな若い方だし、あまり読む気にもならなくなるのですが、教授は88歳で専門は知識経営論、旧日本軍が判断を誤り続けた要因を解明した1984年の「失敗の本質」は今も読み継がれているそうです。バブル崩壊以後の日本は画期的な技術やGAFAのような革新的組織を生めず、世界から注目される経営者も現れなくなっていて、行動が軽視され本質をつかんでやり抜く野性味、我々が生まれながらに持つ身体知がそがれてしまったと言います。感情などの人間的要素を排除し、計画や手順を優先させられると、人は指示待ちになり、創意工夫をしなくなり、つまり計画や手順が完璧であることが前提だけに、環境の変化や想定外の事態に直面すると、思考も停止するのです。過去の成功体験があまりにも大きく、刻々と変化する現実への対応を誤る傾向がこの30年続き、ことなかれ主義やリスク回避、忖度の文化に捉われているために、過去の組織、戦略、構造、文化を変え、我々は何故ここにいるかを確信できる価値と意味を問い直すことがしにくい、だから考える前に感じることが成功の本質であるというのです。

我々はなぜ存在するのか、存在目的を果たすのにどんな知の体系が必要かを、米国のイノベーティブな経営者たちは深く考え、構想できている、そして事業を起こしています。「世界の民族超入門」という本を書いた山中俊之さんは、外交官としてエジプト、イギリス、サウジアラビアに赴任し、アメリカ西海岸の巨大IT企業や最貧国のスラムや貧民街、農村まで世界96か国を視察してたどり着いた結論は、人種や民族、宗教、所得、ジェンダーなどの違いがある中で、いかに相手の文化や価値観を理解し、その立場に共感できるかが、問題解決のカギとなると言っていて、立場を超えた共感力というのは今私が一番考えている事なのです。

 2020年にコロナ感染が始まり、パンデミックになった時に、差別、偏見、格差、分断と世界の様々な問題が表面化し、どう行動するかどう考えていくかが問われていったのですが、何とか感染がおさまり始めたころ、今度はロシアのウクライナ侵攻など国際的に紛争が広がり、考えられないような事態になっています。着物を着て日本の文化を味わおうと云う初期のモチベーションから、ジェンダーを超えて自分らしく生きていこうというプロセスを経て、狂っていく気候や人間たちの中でどうやって心の平安を見出し、生きていく活力に結び付けられるかと考えるゲスト達が今は来ています。オランダから来たオリジンが中国の40代のカップルは、オフィシャルパートナー同士として仲良く旅をし、美味しいものを食べるのが大好きと、体験のあと亀戸の鰻屋さんに行ったそうで、明るくて優秀な二人はあとでレビューとプライベートな感想をオランダ語で送ってきました。帝釈天でも彫刻の下にある漢字を読み、文化や宗教にも的確に反応して、失礼ながら初期に来ていた写真を撮るのだけが大好きな本土の中国人とは顔つきが違う気がします。自分の国を去り、遠い異国で言葉をマスターし仕事をし、旅をして美味しいものを食べる。大阪に交換留学で来たことがあるという彼女は、今回は高山、金沢、大阪と回って帰るそうです。

最近よく見ているホリエモンさんのサイトで、彼はイーロンマスク氏と同じ位の年で、今は物凄い差を付けられてしまったけれど、自分はできることをやっていけばいいとやっと達観できるようになったと言っているのを見て、いまさらですがマスクさんについて調べて見ました。いろいろな見方があり、切り口も様々な評伝などを読んでいると、何が正しいのかわからなくなりますが、このところ来ているゲストとクロスさせてみると、意外な共通点がある気がしています。

 南アメリカで生まれた彼は悲惨な幼少期を過ごし、彼のことを繰り返し無価値だと言い続ける父親から言葉や暴力による虐待を受け、彼は友達もおらず、いじめられるかいじめるかの世界で生きてきました。そのような体験は自分が存在してもいいのかという不安感を生むのかもしれない。あるものは生涯にわたる自己不信の念に苛まれ、またあるものはあいつらが間違っているということを証明しようという躁状態の野心を抱くようになる。愛と存在意義と安全を獲得するため。

 この文章を読んだ時、私はこの前タクシーで来たネイティブアメリカンとアイリッシュのハーフのジャネットのことを思い出しました。高齢の両親に愛されて来なかったこと、差別、いじめ、三人の子供のシングルマザー、仕事を頑張って社会的に成功していても、誰も私を愛してくれない、私はいつも孤独だったと泣きながら語っていた彼女は、また頑張って仕事をして、自分の部屋にある仏像を眺めながら眠りについているのでしょう。イーロンマスク氏は、物事を成し遂げるためには常にいい人である必要はないと思っているから、心の狭さや傲慢さは耐え難い時があるけれど、常識を超えた実行力があり、周りから馬鹿にされても思い描く未来に向かって努力を怠らず、常に考え続け、彼のその熱量に多くの人が動かされて行ったのです。人類の火星移住も夢物語のように聞こえるけれど、しかし彼ならと信じさせる実行力がイーロンにはあります。でも、彼はカオスと混乱を引き起こし、最後に残ったものを見るのが好きであり、これまでもずっとそうしてきたとあって、彼はアスペルガー症候群であると公表したのです。

 

日本の文化やアニメが好きだというイーロンマスク氏の計り知れない経営者能力は、野中教授の箴言をはるかに超えていて、しかもそれは努力もあるけれど素質であり生まれつきの嗅覚であったと知る時、私たちはこれから何を努力すればいいのか、何処を目指していけばいいのか途方に暮れるのです。

長年取り続けていた産経新聞を辞めました。論調の低さに耐えられなくなったからです。記事を書くのもとうに自分たちより若い人々ばかり、そしてトップにいる人間たちの魂の質を受入れることも見ることにも耐えられなくなりました。もっと高みを見て進んで行かなければならない、時間はそんなに残されていません。大きな空気のうねりを感じています。