2024年  さくら

 三月の末は何回も柴又に行ったのに、桜のつぼみは硬くてゲストに満開の桜を見せてあげることが出来ずに、私は残念な思いをしていました。四月に入って右膝が突然腫れ上がり正座はできないし歩くのも大変になり、7日にゲストが来るまでになんとか治してと夫に頼みながら、毎日湿布をして包帯で固定してもらいました。

 当日になってもまだ階段の上り下りもきつく、ティーセレモニーをしようにも正座できないと思いながら、一時少し前に鮮やかなオレンジのセーターを着た小柄な黒髪の47歳の女性を迎えると、昨日日本に着いて相模大野からやって来たサンドラはエンジニアで仕事がらみの初来日で、コロンビアで生まれベネズエラで育ち、今はヒューストンに住んでいて、二人の息子さんがいて、オンラインで知り合った55歳のパートナーと暮らしているようです。前の旦那さんはフランス人?英語フランス語スペイン語を話し、今のパートナーはオランダ系?で、彼の子供たちはオランダで暮らしていて、彼女の趣味はフィギュアスケート、全く贅肉が無くて引き締まった体型です。新橋にある会社で働いた後は、沖縄に行き「イキガイ」についてリサーチするみたいなのだけれど、昨年来たゲストで、一緒に歌舞伎に行ったアシュレイも「イキガイ」に興味を持っていたし、どうもこの言葉はキーワードになる気がしています。

 初めてづくしの日本体験で、温かい日本茶を口にして「difference」と一言、すべてが珍しい彼女に何を着せようか随分悩みました。桜模様の小紋など見せたけれどピンとこないようで、小柄だしいっそカラフルな振袖が似合うかと出してみると見事に似合い、帯もかなり迷った後で、着てきたセーターと同じ強いオレンジを選びました。彼女のシャネルの香水が強くて、あとで部屋に入って来た夫が「においがする!」と言ったのには笑ってしまったけれど、情熱的な南米の彼女はアップにした髪に夫の選んだかんざしや櫛を差し、写真をたくさん撮ってから柴又に向かいました。お天気が良くて汗ばむくらいなので長襦袢も薄手にして、ついこの間まではショールが必需品だったのにと思いながら柴又に着くと、まあまあ満開の桜があちこちで見られ、私は興奮してしまい、桜の下の彼女の写真を撮りまくりました。面白かったのが、アップで撮るとにするとクレームがつくことで、いろいろな構図の写真を撮るゲストのスマホを覗いて見ながら少しは成長しないといけないと思って工夫して見たことが今回は仇となりました。最近私の顔を見ると「ババアになった」と連呼する「ジジイ」の夫のことを思い出して、パートナーに若く美しい自分を見せたい女心をもっと考えなければならなかったと反省、それにしても桜がこんなにも綺麗だと思ったことがあったかと思いながら、美しい着物姿のサンドラと一緒にいられる幸せをひたすら感じていました。今日は特別な日で、お寺の奥まで参拝することが出来、鬼神たちを踏みつけている仏像たちや帝釈天、彫刻、御朱印帳などあらゆるものに深い興味を持つサンドラは本当にラッキーな女性で、うちに帰ってから、義母の祭壇を片付けてノーマルな状態になった二階の和室を夫が案内し、鎧の前で写真を撮り、二人はすっかり親密になったようで、ティーセレモニー体験をして最後別れる時、夫と何回もハグしていました。

 昨年フィリピン旅行から帰って来て、ゲストに愚痴をこぼすことが多くなった夫に戦力外通告を出してしまった不遜な私は、彼が年が明けてネット詐欺にあい自分の小遣いを全部取られたり、義母の看取り葬儀法事と多忙で神経を使う日々を過ごし、亡くなったと連絡しても来ない弟嫁のこと、二人の男の子のいる姪がコロナ前から鬱病で心身共にすぐれないことを葬儀の時アメリカから帰国した彼女の姉に初めて聞いてびっくりしながら、何が正しくて何がいけないのか全く分からない世の中、自分に出来る最善を尽くし、一人の人間が、昨日来たサンドラが幸せな気持ちになってくれたら、私達はどんなに嬉しい事か、そのためには自分の心身を整え、しっかり前を向いていかなければならないと改めて悟り、夫の存在がゲストにとってとても安らぎになるとわかったのです。

 どこまで行っても学ばなければならないことは沢山あります。私はサンドラの言った「イキガイ」という言葉が、とても心に残っています。