エジンバラとシアトルから

 四月のはじめから腫れてしまった右膝をかばいながら仕事をしていると、どうしてもいろいろなところに負担がかかり、疲労度も大きいのだけれど、予約があまり入っていないのが有難く、久しぶりの10日にスコットランドのエジンバラから来た40歳の大学の友人同士という女性を二人迎えました。エジンバラはスコットランドの首都で、丘陵地にあるコンパクトな都市です。中世の面影を残す旧市街と、エレガントな新市街からなり、庭園や城など見どころの多い壮麗な城塞都市だそうで、そこに住む教師で民泊ホストのパメラは親しみやすい明るい小柄な女性で、親友のカロリーヌは反対に大柄なブロンドのショートカットで、困ったのが二人とも全くヘアメイクができないことでした。直前にエジンバラを旅しているYouTubeを見ていて、石畳ばかりで歩くのが大変だなとか、みやげもの店がないとか、城が大きすぎるなどと勝手な感想を持った私は、その真逆の柴又を着物を着て散策し、親しみやすいお店を見て回ろうと思っていました。二人とも独身で、アニメや日本文化は全く分からないと言い、質実剛健なスコットランド人というイメージ、桜模様の小紋と菊の花の濃紺の訪問着を着て、桜が満開の柴又を楽しんでくれました。

 翌日急に予約してきたシアトルの母子は、15歳の長女さんは180㎝、ママは170㎝、8歳の次女さんもいて、いったい何を着せたら良いか悩むところですが、振袖に七五三の着物に、ママは訪問着で良いだろうと思って、まず可愛い次女さんに黄色い着物を着せ始めました。膝が痛いので、長椅子の上に立たせて着物を着せ、帯を締めようとすると、彼女は突然おいおい泣き出し、ママの胸にすがって大粒の涙を流しています。これまで日本の女の子や外国の女の子20人近くに着物を着せてきたけれど、こんなことは初めてで、すべての紐や帯など締めるものはみんな嫌だというので、着物だけをゆるゆるに着せて、赤い三尺を軽く締めておしまいにしました。小さい可愛い草履も初めは喜んで履いていたけれど、すぐ痛いと言っておとな物を選び、外へ出ると履いていた黒いブーツがいいと言い出して私は取にりに走りました。裾を引きずりながら歩き、写真を撮ろうとすると物凄いポーズをとるので、これはそういうサイトを見ているのだろうと思いながら、着物が汚れるのが可哀想だとひたすら嘆いていると、そばを歩くお姉ちゃんが「ごめんなさい」と日本語で謝ってきました。妹は何かあるとすぐ泣いて主張を通すと言い、肩をすくめながら謝る彼女は、初めて着た振袖に興奮しています。180㎝あってもスリムなので着映えがする彼女は、ママの妹さんの子供だそうで、道理で姉妹の年齢が離れているのでした。多分いろいろなことがあったのでしょう。忍耐強く、思いやりがあり、褐色の肌にダークの赤い振袖がとてもよく似合うのです。

 明るいママには明るい青の着物を着せて柴又へ行くと、通りがかりの人から、賞賛の声がずいぶんかけられました。ママとお姉ちゃんはきちんと着物を着ているからいいけれど、引きずる着物を着ている妹はどう考えてもきれいでないと私は内心思っていたけれど、真っ赤な口紅を付けた可愛い彼女は褒められていることが嬉しいらしく、得意げにポーズを決めまくって居ます。義父がよく「器量のいい女は得だ」とそうでない私に面と向かって言っていたのだけど、最近は着物というものは着る人の品格や人間性が試されるものだと思うし、着せている私がびっくりするくらい綺麗だと思うのは、家族や友人や周りの人達を思いやる心を持っているゲスト達の慈悲深い笑顔なのです。そして優れた着物は、そんな人たちを温かく包み、高い次元の空間に引き上げてくれる力を持っている。今日の三人の母子の中で、一番高い精神性を持っているのは180㎝のお姉ちゃんで、そのオーラが道行く人々の視線を惹きつけるのです。

 ティーセレモニー体験を楽しみにしていたというので、私がまず点てて自服してから、着物を脱いだ妹さんに点ててもらうと、すらすら綺麗に点て、飲み干す姿にびっくりし、きっとサイトか何かで見て、その何かがこの女の子の琴線に引っかかったのだと思いました。でも日本人でも外国人でも、小さい子が初見なのに綺麗にお茶を点ててくれることがあり、これは何なのだろうかと不思議になりますが、お姉ちゃんよりもママよりも、妹さんは上手でした。

 もう一回涙を流したあと、正直わがままな妹さんは後も振り返らず帰り、ママとお姉ちゃんは着物を脱ぐとき淋しがって、これでさよならねと名残惜しそうに着物に別れを告げていました。複雑な家族のようだけれど、でもみんな前を向いて進んでいます。頑張れ!疲れ果てた私は足を引きずりながら夫の夕食を買いに外へ出ました。終わった!だけれど、やっぱり得るものは沢山ありました。また前へ進みます。