ゲリラ豪雨の中で  2023年8月

 お盆前の最後のゲストは台湾からの家族で39歳のパパ、40歳のママ、8歳と5歳の女の子、メールで細かい問い合わせがたくさんあり、暑いから子供を連れて外へ行くのは大丈夫だろうかとママが心配しているとありました。今日は着物や浴衣を着てうちの中で遊ばせようかと思っていると、お昼の12時に玄関のベルが鳴り、もう家族4人が到着していて、支度がまだの私は焦りましたが、パパに話を聞くと、軽井沢から到着したところでスーツケース2つを先に置かしてくれとのこと、それからみんなは駅前にお昼ご飯を食べに行きました。

 うちの体験をした後は浦安のエアビーに泊まってデズニーシーを楽しむスケジュールだそうですが、どうも今日は空模様が怪しく、時々猛烈な雨が降ります。昼ご飯を食べて帰ってきた家族に浴衣を着せ、写真を撮ってから今度はその上に七五三の晴れ着やママには黒振りを羽織ってもらい、パパは黒い紋付きの着物に袴を付けて刀を持ってもらうと、戦国時代のサムライに変身、彼は豊臣秀吉が好きだそうで、「怖い顔をして」と私が言うと、精一杯の顔をしてくれました。二階に上がり鎧の兜をかぶり、床の間の前に正座して家族写真を撮り、下に降りて全員でティーセレモニーをしました。

 この旅を計画して仕切っているパパが、みんながお茶を飲んでいる間少しつまらなそうになっているのを見た私は、ママが最後に飲んでから「お茶を私のために点てて下さい」とパパに頼みました。面白かったのがパパの顔つきが一変して、緊張と焦りとちゃんと見てなかったという後悔とで頭がごちゃ混ぜになってしまったようでした。とにかく私の横に座ってもらって、手を取りながら作法を教え、全く何も考えられない無の状態で、パパは綺麗にお茶を点てて、どうぞと言って私の前に茶碗を差し出してくれました。いつも思うのですが、アジア系の男性は初見で上手にお茶を点てることができるのです。何も考えず、無心にただお茶を点て、そして飲むという一期一会の精神を、戦国時代が好きだというパパは無意識に理解しているのかもしれません。

 この時点でまだ三時、家の中ですることは尽きたので、パパと相談して近くの天祖神社まで行き、鳥居の前で一礼、二つ並んだ獅子の口が開いているのと閉じているのを見せて「阿吽」を説明し、本殿のまえで「二礼二拍一礼」をみんなでして、隣の公園でブランコやシーソーをして遊び、コンビニでアイスクリームを買って帰ろうとした時、ゲリラ豪雨が襲ってきました。傘は2本持っていたものの、役に立たず、信号のそばの軒先で雨宿りしながら、私はゲスト達をどう守ろうと思い、パパは家族をどう守ろうか考えている、濡れたパパの着物の肩に手をかけながら、台湾もこれからどうなるかわからない難しい政局を迎えている時に、子供を育て、自分達で考え自分達で前の進んで行かなくてはならないというパパは強い意志をもっていると感じていました。私の体験を選ぶことが家族にとって正解かどうか、パパはずいぶん悩んだと思います。でも、純粋な日本文化を少しでも味わい、それがとても新鮮だったと後で送ってくれたレビューにありましたが、子供たちの心にもあの豪雨の記憶と共に残ったかもしれません。時々子供にとってティーセレモニーはとても良い経験だったというゲストがいるのですが、こうやって彼らが、文化は心地よいという感覚を持ってくれたということが何より有難い事でした。文化こそが世界をいずれ救うキーワードのような気がします。