ニューヨーク    2023年10月

 最近は夫が出かける日は雨が強く降り、成田でのゴルフは横殴りの雨の中でやったし、義母の弟妹達が集まる会に呼ばれて行く15日もしっかり雨が降っています。今日はニューヨークから30代の夫婦がやってくるのですが、なかなか雨が止まず、柴又へ行けるか心配してずっと外を見ていると、一時ちょうどにレインコートを着たさらさらのロングヘアの美女と、白いキャップを被った目のくりくりした男性が現れました。「時間ぴったり!」と私が感心して言うと、旦那さんのエヴァンは私の目をじっと見て、人懐っこく握手をしてくれ、奥様のエイミーはクールに微笑んで赤い折り畳み傘を畳んでいます。

これまでは旦那さんがクールで奥様がエモーショナルなカップルが多かったので、感情過多のエヴァンにちょっと戸惑いつつレインコートを拭いてハンガーにかけ、中に入ってもらいお茶を出しました。今日は彼らだけの一本勝負、まず身辺調査を始め、苗字がポラックで私は映画監督のシドニーポラックのことを思い出し、確か彼はユダヤ系だった気がして、エヴァンにポラックと同じ苗字だねと言ったら、ペンシルベニア生まれニューヨークで保険の会社を経営していて、ユダヤ系アメリカ人、ユダヤ教徒だそうで、エイミーとは大学時代の同級生、結婚して4年で昨日が結婚記念日、エヴァンは4人兄妹、エイミーは一人っ子でベニーという犬を可愛がっているというところまでわかりました。

 冗談を言いながら話すエヴァンとクールなエイミーの落差が気になりながら、着物の色は紫が好きと言われ、おとといメキシコのナンシーが着たちりめんの紫の振袖を出したら気に入り、エヴァンと帯や小物を選んで、さらさらの髪は何とか私が結い上げ髪飾りを付けて、綺麗な振袖姿が出来上がりました。メキシコさんは体格が良かったので私サイズの大きい長襦袢を着せたのだけれど、エイミーは細いから普通サイズを着せたら衿が均等にそろわず、髪もあまりうまくいかずに痛恨の着付けとなったのだけど、素晴らしい着物姿になり、久しぶりに出した男物の袷をエヴァンに着せ、雨が止んだので急いで柴又へ向かいました。

 クールなエイミーも変身した自分の姿が気に入り喜びながら、中にはいた黒の細身のジーンズが下がってくるのをあげたり、おくれ毛が顔にかかるのをかき上げたり、草履で歩くのに苦戦もしています。その前の日は二人のゲストが仲良くしゃべりっぱなしだったので私は聞いていただけなのだけれど、今日は4時間全く気が抜けず、会話を繋ぎエヴァンのツッコミを返し、エイミーの表情を見ながらいつものコースを辿りました。ユダヤ教だから、仏教彫刻もアメイジングなアートとして説明し、バイオリンを弾くというエイミーはサルバトーレ・ダリが好きで、エヴァンはサックスを吹くと言います。

 おととい日本に来て次の日はエアビーのゴーカート体験をし、明日は刀体験をする体験尽くしの東京滞在の中の私の着物体験は予定コースを回り、駅に近づいたところで電車が行ってしまい、待ち時間15分という厳しいシチュエーションを迎えました。駅のホームで寅さん映画のポスターがあり、美女30人に囲まれた寅さんを見ながらエヴァンにどの女性が好き?と聞いたら「浅丘ルリ子」を指さすので、感じはエイミーに似ているとおかしくなりながら、15分トークを始めました。ニューヨークの文化は何?と聞くと「busy」と言われ、日本の文化は「kind」とエイミーが答えるのを聞いて、私は文化というと芸術的な演劇や美術、音楽を連想するけれど、彼らの中では社会の中で生活する時の自分の感覚なんだと知り、その頃からエイミーが真っ直ぐ私の目を見て話をしてきました。ホームレスはなぜアメリカに多いのか、エヴァンは家賃が高いと言い、政府がシェルターを作っている話をして、テレビで見たニューヨークでのイスラエルとハマスの戦争に関する抗議デモも大丈夫、危険ではないというのです。

ネイティブアメリカンのハーフのジャネットの話をして、三人の子供がいて経済的にも成功しているけれど、両親にも愛されず、誰からも愛されないで孤独だと泣かれ、私は何も言えずただ抱きしめていたというと、それはいつの事だというので最近だと言いながら、今までのゲストと話したことのない話題だと、単語がわからないし文章が作れないのです。初期の頃、カナダの学生夫婦と宗教の話をずっとしていて、言いたいことがたくさんあるのに上手く伝えられなかったジレンマを思い出しました。最後には黙って歩いて帰ってきたのだけれど、翌日の朝、お礼の気持ちだと言ってメープルキャンディーを玄関に置いたというメールをもらった時、私は心が通じるために何が必要なのか考えたのでした。今回もそうです。ちゃんと伝えきれていない、エヴァンはなんで初めて来たゲストがそこまで打ち明けるのか疑問に思っている、エイミーも腑に落ちないのはわかるのですが、私はどうしてもエイミーの中に深い孤独感を感じ、だからジャネットの話をしたのです。

優しくて温かい夫、仕事も順調、きれいでスタイルも良くて、人目を惹く着物姿でエヴァンとラブラブのポーズを撮った写真は、彼女の本質的な優しさを映し出しています。心から幸せを感じているゲストの顔は神々しいくらい綺麗です。でも、ふっと素に帰った時見せる冷たい気持ち、相反する心を彼女はずっと持っている。一人っ子で両親に愛され、優れた教育を受け同質の夫を持ち、仕事の合間に世界各地を旅行して美味しい料理を食べる。でも、それを良しとする世界はもう終わっています。

 星野源さんの「仲間はずれ」という歌を聞きました。

生まれ 初めの 数秒  自由はそこまでと言うの  椅子取り 繰り返すと 血の染みる足元

長く椅子に座れぬ 同じ場所じゃ 壊れる   移ろう 人は置いていく 常識は老いていく

君の舵を取れ 誰かの視線に 唾を撒け   未開の闇に舵を切る 独りになる そこは座れる

仲間はずれありがとう 切り捨てられ 気づくと 自由を手にしている 出会う掛け替えない 個

上をめざす鬼ども 宝島はしょぼいもの 幸福は2秒前の温もりに隠れる

生活の波間で 輝く羨みに 背(せな)をむけ  心の愛の舵を取れ 自分の視線に唾を吐け

未開の闇に舵を切る  独りになる  そこに座る

灯りとなる

 

腹をくくってここまで言っているのです。生まれて物心ついてからずっと、周りの人々と違和感を感じ続け、誰ともつるめず幼稚園の園庭で一人で踊っていた星野さん。椅子取りを繰り返せというけれど、いつの間にか足元は血に染まっている。

みんなと同じ場所にずっと座っていられない、こわれてしまう、だったら移ればいいのだ  自分の舵を取る、未開の舵を取る、そこはひとりになれ、そこは座れる。その力を自分で持つしかない。

切り捨てられ、仲間はずれにされると、そこには自由があった かけがえのない個があった

心の愛の舵を取る。未開の闇に舵を切る。一人になる。そこに座る。灯りとなる。

 

ああそうかと思います。これでいいんだ、これしかない、この混迷の世の中を生き抜く指針は、自分で作り出すしかない、それを核にして繭を紡ぎ、大事に育て、そして光る努力をし続け、ただ灯りとなればいいのです。

いろいろな人生があります。独身のゲスト、シングルマザーのゲスト、沢山子供がいるゲスト、子供がいない夫婦のゲスト、一人きりで旅行しているゲスト、紛争の絶えない国から来たゲスト、残虐な政権に身内を虐殺されたというゲスト、私の英語力には限界があって、聞き取ることも話せない話題のこともたくさんあります。でもやっとわかってきた。それらをみんな引き出しに入れて行けばいい。

別れ際、エヴァンは凄い力でハグしてきた。エイミーのハグは軽くて硬かった。いつかまた彼らと会いたいなと思います。エイミーの孤独感も全部含めてエヴァンは愛そうとしている。愛している。でもエイミーは孤独な影をずっと持っている。

 でも、私も孤独です。一人きりでいます。すべてから自由になっている今、かけがえのない個であり続ければ、灯りとなることができるなら、ただ光る努力をすればいいのでしょう。