フリーダム    2023年

今日は朝早くから夫はゴルフに行きました。三日間連続してゲストが来て、今日はお休みだからのんびり出来ると喜んでいましたが、昼前にスマホが鳴り、夫かしらと呼び掛けると何と七月に来るはずのゲストが一か月間違えて予約してしまって、今日これから一時に行っていいかと聞くのです。「えーっ」と思ったけれど、若いドイツの夫婦だから大丈夫だろうとOKして玄関のチェーンを外して支度を始めようとしたら、夫が暑いので早めにゴルフから帰ってきました。

それから十分遅れで到着したのは190㎝のマイクと小柄でブロンドヘアのエイリーンで32歳と28歳、二か月のハネムーンの途中だそうで、英語は得意ではないと言いながら一生懸命話してくれて、ドイツ人は真面目で熱いハートを持っているといつも思うのです。マイクは栃の和歌と書かれた相撲の浴衣を選び、短いので裸足で下駄にして、奥様はひで也工房の花模様の浴衣を着て、とてもよく似合います。風が吹いてマイクは足元が涼しいとご機嫌だし、日傘を差した奥様はたおやかで美しいのだけれど、くしゃみを絶え間なくしていて、お茶を点ててもらった時も華やかなネイルをした手がアレルギーのように所々赤いのが気になりました。

平日で空いている帝釈天では、持参のニコンのカメラで彼がたくさん写真を撮り、彫刻版のコーナーではさすがドイツ人、熱心に宗教について話ができたし、阿吽も説明できました。私のたどたどしい英語と、彼らもあまり達者でない英語で語り合っていると、かえって言いたいことがわかる時があり、熱心なクリスチャンではない二人が危惧しているのは子供たちが宗教自体を馬鹿にしている傾向があるのと、トルコ人ロシア人シリア人などがたくさん移民として暮らしていて、道の名前などドイツではないのもある、ここはドイツだというのにと眉をひそめています。この前来た日本で勉強しているドイツの男の子は両親が離婚して母親はトルコ人と再婚し、弟は異父弟だと無表情に言っていました。彼の好きな作家はヘッセ、私も暗いけれど彼も暗い資質を持っている、だから日本で勉強しているのかもしれないのです。

帰りに駅前のお店でジンジャエールを飲みながら焼鳥やフライドポテト、チュロスを食べて、奥様が一年前の結婚式の写真や二人で建てたという大きなプールや芝生のあるおうちの写真を見せてくれ、広いトイレやリビング、キッチンなど規模が違うなと思いながら、「あなたほど幸せな人はいない、美貌と財力と知性とすべてを持っているのだから」と私とは桁違いの彼女に言うと、彼女は実は腎臓の病があり長いこと入院していて、表では明るく楽しく過ごしているように見せているけれど、大変なことも多いのだそうです。詳しくはわからないままお店を出て、駅のホームを歩きながら、私は今が自分の人生で一番充実していて楽しい、なぜならたくさんの外国人からいろいろな力や光を見せてもらえるからだと言いかけて、胸が詰まって泣いてしまいました。彼女が背中をトントン叩いて慰めてくれたのだけれど、年を取って涙もろくなったのと、あとどれだけ生きられるかわからないけれど、私の心を差し出し、受け取ってもらえる相手が次々現れ続けてくれる有難さに、どうしても感動してしまうのです。

 最後にカラオケハウスの前を通ってうちに帰る時、あなただったらここで何の歌を歌うか、何の歌が好きかと聞いたら、ベルリンの壁が崩壊した時に歌われた「フリーダム」だと言われ、本当にドイツ人は真面目だなと改めてびっくりしました。前にフランスから日本語の堪能な女の子が来た時、帰りに指輪を忘れたので翌日上野で会って渡して、ヤギのミルクのアイスをデパートの屋上で食べながら沢山の旅行の写真やクリスマスなど家族のイベントの風景を見せてくれて、今度はコルシカへ行きたいと言っていたのだけれど、イギリス人のパパとカメルーン生まれのママは離婚し、前の職場では思い出すのも嫌なくらいの仕打ちを上司から受けていたという話もしてくれました。

 この仕事をするようになって、沢山のゲストと私はたどたどしい英語で様々な話をするのだけれど、辛いことやマイナス面はあまり言わないで、華やかなことばかり話すことが多くても、実際はつらい経験も多いということをあらかじめ考えて、その上で私は体験を組み立てています。綺麗な着物を着て素晴らしいスポットでたくさん写真を撮り、お寺や庭園や彫刻を見ながらいろんな話をしていて、仏教彫刻が意味するもの、自分達の宗教、生き方、仕事への姿勢など、話の中で鋭く深く感じるゲストもいる、あとからもらうレビューで、そんなことを考えていたのかと驚くこともあるし、最後まで心を解放しないタイプの若いゲスト達もいました。みんな一人で戦っているのかもしれない。

日本人は責任感が強く、失敗を恥じる傾向があり、人生はそんなにうまくいかないものなのに、みんないつも100点満点であろうとします。大事なのはこれらのリスクを回避することではなく、『逆境を乗り越える力』を持つことで、失敗を生まないことが重要ではなく、失敗と向き合い乗り越える力がないと、成功を手にすることができない。失敗する準備ができていない人は、成功する準備ができていないことなのです。

特にコロナ前は、みんなと同じように良い学校に行き、良い仕事をし、善き結婚をして家庭を作ることが最高の人生だと思われ、それに外れれば失敗だと考えられがちでした。でもコロナ禍の中でいろいろな価値観が変化し、AIが台頭してくる中で、人間は何のために生きているのか、そういうことを考えている若い外国の男の子たちが一人で私のところへ来るようになりました。「人生どこに行くべきかを決めるためには、自分が何処から来ているかわからないと難しい」

もっといろんなことに全力で挑戦して、失敗し、過去にどれだけ胸が痛む出来事があっても、それを乗り越えた自分がいることを誇りに思い、その先にようやく『私自身』が見えて、それから自分のために、人生を楽しむべきだと思うし、自分で考え、乗り越え、世の中の出来事について感じる違和感に対して自分の意見を持ち、失敗を恐れずに挑戦し続け、なりたい自分に向って、日々考えを深めて失敗し傷つきながらも、突き進んでいくしかないのでしょう。 周りからすぐに理解されなくても、自分自身が納得できることや使命感を感じることには、何かしら意味があるということ。もしかしたら一生誰にも理解してもらえないかもしれないけれど、それでもいいという強さこそが、これからの混迷の時代を生き抜く上での成熟に繋がります。人のためとか人から褒められたくてではなく、自分の夢のために生きたい、生きようと思う。「コロナはネガティブな出来事だけど、だから私はメンタルヘルスこそ重要だと気づいた。これからは、その自分の気持ちに正直に、シンプルに、楽しい、うれしいと思える働き方、生き方をしていきたい。そう考えています。我慢が美徳でなくて、自分らしく気持ちのいいことをする。それを大事にしています。」

ひたすら強く、ひたすら純粋に、夢や愛を求め続けている沢山のゲスト達がやってきて、四時間過ごし、そして去っていきます。だんだん記憶力が衰えてきて名前と顔が一致しなくなるのだけれど、このうちに来て、お抹茶を飲んで、ギフトの着物を持って、それぞれの国へ帰っていきます。

清々しい風が吹いてきました。 ああそうか、これがフリーダムなのでした。